じりじりと身を焦がすような、熱気と、それを生み出す強い日差し。動くたびに舞い散る砂塵にカメラアイを細め、それでもアイアンハイドは、砂丘の向こうの、敵――その一斉射撃に備えていた。

『!、来るぞ』

返事がないのに、視線を下げれば、すぐ近くで指示を出していたはずの、相棒が消えていた。

『レノックス……?おい!?』

慌てて眼を凝らせば、どんな時でもジョークの一つをとばすくらいの余裕を崩さなかったレノックスが、真剣な顔で、敵の射程距離圏内へと走っていく。その視線の先には、ひょろりと細身で、見るからに戦闘には不向きな隊員が、砂に足をとられて倒れていた。

『っ、馬鹿たれが……!!』

威嚇射撃をかまして、相棒の元へと走った。――っ間に合え……!!
砲撃が、次々と周りに着弾し、爆発の狂暴な明るさと熱が、カメラアイにノイズを走らせた。それでも必死に伸ばした手で、何とか相棒の小さな身体を掴んで、己の身の陰に寄せた。一瞬後に、レノックスのいた場所に着弾したのに、ぞっとする。ついで、レノックスが助けに行った隊員の姿を探知しようとして ――やめた。

何発か、身を掠めたものの、レノックスを建物の陰に放り投げる。そして、アイアンハイドも身を隠した。いまだ呆然としているレノックス。そのいつにない様子に、思わず怒鳴った。

『しっかりしやがれ!オプティマスがいない今てめえが指揮官なんだぞ!』
「っ、アイアンハイド……」

はっとしてこちらを見上げ、きっと顔を引き締めたときには、いつものレノックスがそこにいた。走っていくレノックスを援護して、ともに銃撃の中に飛び込んだときには、隊員の存在はブレインサーキットから消えていた。



戦いが終わり、人間は奇跡と呼んだが――マトリクスのおかげで蘇ったオプティマスを皆で出迎える。緩んだ空気が流れたとき、ひとりの声が、その雰囲気を切り裂いた。

「――おい、生きてるぞ!!」

双眼鏡を覗いて叫ぶ隊員。その視線の先には、砂丘で僅かに動きを見せる隊員の姿が。

「衛生班を呼べ!」
「――ナマエ!!!!!」

ひときわ大きい声をあげたのは、レノックスだった。その真剣な横顔は、先ほど記憶したばかり――、まさか、とカメラアイのピントを合わせれば、それは確かにレノックスが救助に向かった隊員だ。どう対応すればいいのかわからず、アイアンハイドはその隊員――ナマエがヘリに乗せられていく姿を、ただ見送るしかなかった。



あの戦闘以後――、レノックスは書類仕事に暇ができるたび、看護棟との行き来を繰り返していた。

「ナマエは、レノックスの姪だ。レノックスの知らないうちに軍に入っててな、エジプトでの戦いで偶然――ってことだ」

エプスがいつかの時に、そう教えてくれた。深い眉間のしわを刻んだまま、書類仕事に追われる相棒の、その疲労の漂う背を見て、アイアンハイドはそっとその場を後にした。



オートボットと人の共存を理念に、大幅に改築されたディエゴガルシアの基地は、どの棟も大きく空間が取られている。アイアンハイドは、そっとベッドに眠る若者を見下ろした。アイアンハイドに詳細はわからないが、繋がれている様々な管が、辛うじて若者――ナマエの命を保っているのは、確かだ。手短に、と人間の軍医に言われて、そっと膝をついた。

「――こんに、ちは」

マスクが白く曇り、か細い声が発される。弱々しい笑みにアイアンハイドは肩を竦めることで返した。

『その、俺は――結果的に、とはいえ……』

おまえを見殺しにした、と言い切る前に、包帯の巻かれた手がそっとアイアンハイドの腕に触れる。

「貴方の判断は間違ってない……、それに、誰かが生きて、誰かが死ぬのが、戦場です」

噂に違わずオートボットは情に篤いみたいだ、と笑って見せたナマエ。するりとその腕が垂れた。

「――どうか、レノックス少佐、ウィルおじさんをお願いし、ま……」
『おい……、ッ』

ピ――――――…………、
嫌な周波数の高音が響き渡り、にわかに医療チームが騒がしくなる。ばたばたと走り寄ってきた軍医に場所を譲り、どうすることもできずに立ち尽くした後、そっとその場を後にする。途中で、緊張で顔をこわばらせたレノックスとすれ違ったが、それでも緩めかけた足は、止めなかった。
その夜、ふらりと現れたレノックスを乗せて、ディエゴガルシアの基地を何周もした。助手席でそっと、すすり泣いていた相棒に、かけてやる言葉を……アイアンハイドは知らなかった。



何度も何度も、死線をくぐり抜けてきた。だが、それも今日で終わりのようだ。目の前でいままさに、発砲されようとするセンチネル・プライムの腐食銃を認識して、アイアンハイドはよく回らないブレインサーキットで考えた。
浮かんできた様々な映像の、一番最後のメモリーは、ベッドで眠る……青白い顔をした――、

『――っ、ぅお!?』

しかし、イメージが結ばれる前に、突如、頸部に想定外の圧迫を受けて、ついで引きずられ、後ろに無様に倒れ込む。頭部のすぐ上を、腐食弾が掠めるように飛んでいく。アイアンハイドの後方にあったコンテナが、ぼろぼろと崩れ去るのに、通ってないはずの血の気が、ざあっとひいた。
カメラアイを見開いて、こちらを見ているセンチネルに注意をおいたまま、慌てて確認すれば、脆い鉄のケーブルでつくられた輪が首にかかっていた。にわかに追撃が周囲に降り注ぐ。

『お、わああああああああ!?』
「ぎゃー!ぎゃー!ぎゃー!!!死ぬ!死ぬうううううううう!!!!」

みっともなく喚きながら、何度も後ろを確認するその顔には、大いに見覚えがある。

『お、まええええ!!!いってえ!?』

立ち並ぶコンテナの陰に、華麗なドリフトを駆使して滑り込んだレッカー車。遠心力に引っ張られて、基地を囲むフェンスに、側面からぶつかった。
本気で火花が目の前を散った。チカチカと火花が飛んでいそうな頭部を押さえて、呻く。そんなアイアンハイドをしり目に、ひょいっと車から顔を出したのは……。

『――ナマエ!?』
「おー、名前覚えててくれたんだ?」
『お、まえ、なあ……!!』

なんだか記憶にある彼女とは少し変わって、陽気だ。遠くからは、センチネルが柱を奪い、基地を破壊する爆音が響いてくる。それがさらに混乱をアイアンハイドに与えた。何でここに、とか、何で生きて、とか、質問がブレインサーキットに浮かんでは消える。きゅ、ぎゅるる、とアイアンハイドのパーツがその混乱を表しているようだった。

「ここがNESTの基地だってことぐらい、多少、軍部のネットワークに侵入すればわかる。元々、こんなひょろい私が軍に採用されたのはハッキング能力を買われてなわけで、退役しても、それはそれで色々仕事はあるんだ」

よっこいせ、と車から降りてきたナマエの足は――義足だ。ぽん、とその膝を叩いてから、ナマエはケーブルを取り外し、拳をつきだした。

「早くおじさんのところに戻ってください。これから事態はますます悪くなる――私は"どんなことがあっても"オートボットとそれに協力する人間の味方だ」
『――わかった』

ごつりと大小の拳がぶつかった。

「ああそうだ、この戦闘が終わったら、貴方にドライブに連れてってほしいですねえ。……この足じゃあ運転も一苦労ですから。それで今回の件含めこれまでの件はチャラですよ」

笑顔で、暗に必要以上に気負うな、と言ってくるナマエに、アイアンハイドは、ただ頷いて、そして別れた。――一つの、約束を背負って。



Promise