※妹主/今後続くなら総愛され
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アリエスの一件が片付き、ファミリーはいつものように庭でバーベキューをし、ゆったりとした時間が流れていた。
「今回は本当にびっくりさせられたぜ」
「ああ、本当に。まさか、ドムに弟がいたとはな」
「もう一人くらい妹と弟がいたりして」
いい感じに酒が入ったローマン、テズ、ラムジーが言い、なんとなく視線がドミニクへと集中する。リトルBを膝に乗せ、いつもの仏頂面で黙り込んでいるドミニクに、ミアとハンが何とも言えない顔をした。
「……、まさか」
「嘘でしょ」
「嘘だと言ってくれ」
沈黙は何よりも雄弁な肯定だった。
*
ミアよりも年下だというナマエは、日本でアンティークショップを経営していた。日本での免許はゴールドで、法定速度と交通規則を遵守し、運転技術そのもののような人生を送っていたようだ。
「父が亡くなった時、母方の祖母にナマエは引き取られた」
「ずっと連絡を取ってたんだけど、兄さんや私が指名手配された時に連絡を絶ってしまって……、モンテクリスティから戻ってすぐに日本での行方を追ったんだけど……」
結局は、住所も変わって、店も移転してしまっていたため、わからなかった。ミアは困ったように首を振った。だが、ハンは顎に手を当てて難しい顔をした後、傍らのエルを振り返る。
「俺がナマエと会ったのは、ミスター・ノーバディの協力で事故死を偽装した後のことだ。その時、もうナマエはミアと連絡が取れなくなっていたってことか」
渋谷の街中で、すれ違ったナマエに声をかけられた時は驚いた。随分面差しも変わっていただろうに。
「私がハンと兄さんが映ってる写真を送ってたから、あの子にはわかったのね」
「すまない。俺が、わけあって、ドムやミアには言わないでほしいと頼んだせいで……」
もしかしたら、ハンに声をかけてきたナマエは、縋るような思いで、連絡がとれなくなっている兄姉の安否について聞きたかったのかもしれない。けれど、ハンの複雑な事情を見て取って、沈黙を選んでしまったのだとしたら。
「そんなことも知らずに、俺はエルと共にまた姿を隠すしかなかったんだ。アリエスの秘密を狙う連中に目をつけられれば、ナマエも危険だと思って」
自分のせいだ、と頭を抱えるハンの肩に、歩み寄ったドミニクが慰めるように手を乗せた。
「ナマエは、俺たち兄弟の中で一番よく他人のことを見てるし、とても優しい。だからこそ、俺たちと離れていた方がいいと思ったんだ」
ジェイコブとの仲違いの原因でもある父の死。あれですべてが変わった。苦しい生活の中で、ナマエだけは、平穏で幸せな人生を送れるように、手を離したはずだった。
しんみりした空気の中、リトルBが無垢な瞳で沈み込んだ顔をしている大人たちを見回して首を傾げる。自分に甥や姪がいることも、ナマエは知らない。
「……あ」
「どうした、エル」
ハンを通じて、エルもナマエと知り合っていた。優しい母のような、姉のような存在だった彼女のことはエルも好きだった。
「最後に会った時、ナマエさん、イギリスに店を構えるつもりだって言ってたわ」
「イギリス?」
ぴくり、とドミニクのこめかみに青筋が浮いた。なんだか嫌な予感がしたのだ。
ハンも、イギリス国籍である自分と因縁のある男のことを思い出していた。
「マグダレーン・ショウならもしかしたら、知ってるのかも」
今回、ドミニクも彼女の情報網を頼った。もしかしたら――――、とドミニクは考える。
* * *
丁寧なハンドリングとブレーキで、ヒースロー空港ターミナル3のショートステイパーキングに到着したのは、磨き上げられた艶が美しい青のマクラーレンだ。
「――――わざわざ送ってくれなくてもよかったのに」
「これくらい、どうってことない」
ほんの少し口端を緩める笑みは、スマートで、どこか甘ったるい。母や妹が見れば面白おかしく揶揄っただろうが、2人は今はここにいない。
「向こうでどれくらい過ごすんだ?」
助手席でシートベルトを外したナマエは、肩を竦めるように苦笑した。
「……わからない。久々の再会だし」
いろいろと言ってやりたいことばかりがあった。何故、ナマエのショップの上得意様でもあるマグダレーン経由で行方知れずだった上の兄からの連絡が来るのか、とか。
ちなみに、ナマエがドミニクとミアに再会すると聞いて、アメリカに戻っているらしい下の兄ジェイコブが空港まで迎えに来てくれることになっている。有り難いが、寄りつこうとしなかったのに急にどうしたのか、とナマエは思う。
父との約束で、その死の本当の理由についてドミニクには話せず、それが喧嘩別れの原因にもなってしまったという。ドミニクもドミニクで、ナマエがジェイコブの名前を出そうものなら、電話の向こうでむっつりと黙り込んでしまうものだから、とりつくしまもなかった。まったく、男兄弟ってやつは、とナマエは呆れていたのだ。
「向こうに着いたら、連絡してくれ」
「ふふ、お兄ちゃんみたいな口ぶりね」
それは、あまり嬉しくないような気がして、運転席の男は口の両端を下げるようにした。妹は一人で十分である。
顔つきをあらためて、ナマエの頬に手を当てる。
「心配なんだ」
その真摯な眼差しに、ナマエは微笑みを返してその手に手を重ねた。
「ありがとう。デッカード」
マグダレーンを通じて知り合った兄妹は、どこかトレット家を思い出してナマエは嬉しかったし、本当に支えてもらっていた。
ようやくイギリスでの生活も慣れて来たところで、また会えるとわかっていても、ほんの少しの別れが寂しい。デッカードは身を乗り出してナマエの頬に口づけると、運転席から降りてドアを開けてやる。
「それじゃ、行ってくるね」
「ああ」
差し出された手を握って降り立ったナマエが腕を広げたので、デッカードは力を加減した熱いハグをした。ナマエのつむじに口づけ、好んでいる彼女の香りを思い切り吸い込むのを忘れずに。荷台から下ろしてやったスーツケースを転がして歩いていくナマエを見送り、笑みを浮かべて手を振ってやる。
本当はぎりぎりまで見送ってやりたかったのだが、仕事なのだ。
――――それにしてもひどい兄妹だ、とデッカードは思う。
ナマエはローティーンの頃に、里子に出されているというから、複雑な事情なのかもしれないが、あんなにも素敵で可愛らしい女性に、長らく連絡の一つ寄越さないなんて薄情すぎるではないか。これについては弟のオーウェンも、妹のハッティも同意していた。
一つ気にかかるのはナマエに兄妹のことを聞こうとすると、毎回のようにマグダレーンがわざとらしく邪魔をしてきたことだ。別に突き止めて、始末してやろうとは思っていない。少々、痛い目には遭ってほしいところだが……。
ショウ一家の兄妹がそれぞれに持つ情報網を駆使しても、ナマエの家族を辿ることはできなかったのも……きなくさい。なんだか嫌な予感がする。
デッカードはその嫌な感じを振り払うようにマクラーレンに乗り込み、来た時と比べると速度をかなり出して、颯爽と出て行ったのだった。
スクランブル
ちなみに、ショウ兄妹が調べられなかったのは、ジェイコブがミスター・ノーバディに協力を要請して、ナマエを保護プログラムか何かかでトレット家とのつながりを一切消していたからです。