「ナマエ」
「ぎゃっ」

声をかけられて振り返った先、エリオの格好に思わず目を瞑った。

「服着てよ」
「こんな暑いのに?」
「い い か ら」

北イタリアの土地柄なのか、エリオのように半裸でいるのは珍しくない。しかし、どうにもその露出には馴染めない。異国に住んでいても、やはり根は日本人のようだ。

「着た?」
「ん」

目を開ければ、エリオはTシャツを着ていた。

「また次の本?」
「うん」
「母さーん、ナマエが本返しに来たよ」

家の中に向かってそう呼びかけるエリオの後について、お邪魔する。
いらっしゃい、と笑いかけてくるエリオのお母さん。彼女とうちの母が知り合いになったのがきっかけで、我が家も北イタリアで夏を過ごすことになった。エリオとも、知り合って数年の仲になる。


エリオの肩に触れる、彼の手に、気づいた。

彼を見つめる、エリオの瞳に、確信した。

人が恋に落ちる瞬間を見た。


「好きです」と紙に書き付けたのを、エリオが手に取る。ぎゅうっと心臓を鷲掴みにされたような気がした。けれど何これ、と眉をしかめた彼にほっとする。

「なんでもないよ」
「日本語だろ?意味教えてよ」
「……挨拶だよ。友達同士で使うの。合い言葉みたいなもんかな」
「ふうん」

エリオが去って行って、膝を抱えてうずくまった。

「ばぁか」

すべての恋がうまくいくわけじゃないのだ。

エリオの恋も、私の恋も。



ロストイントランスレーション