「2回目は、貸出停止になりますからね」

講義終了のタイミングをねらって、教室を訪ねた。どこぞかに休暇にでていたとかで、全然捕まらなかったのだが、延滞していた図書を無事に回収し、にっこりと笑ってそう言えば、教授は、ひきつった笑いを浮かべて、さっさと出て行けとばかりに手を振った。
なんだか視線も合わないし、変な汗かいてるし。前よりもさらに挙動不審さが増している教授に、本が心配になって、中身をぱらぱらと確認していたのが、悪かった。

「っ」
「、おっと」

どん、と、結構な勢いでぶつかったせいで、はね飛ばされそうになる。手を引かれ、腰に添えられた大きな手に抱き留められた。

「すまない、不注意だった」

大丈夫かな、と柔らかい声で問われて、きちんと自分の足で立つ。
きらり、と床で輝いたマークの刻印されたライターを拾って、持ち主に差し出す。

「いいえ、こちらこそごめんなさい」
「ああ、ありがとう」

一目でわかる上等な生地で仕立てられ、体のラインに絶妙に沿ったスーツを着こなす紳士。黒縁眼鏡の奥から、落ち着いた光をたたえる瞳が、私を、じ、と見つめてきた。背後の扉をちらりと見て、聞いた。

「貴方も、ガイア論の研究を?」
「……まあ、ね。見えないかな」
「ええ。教授にしては、ストイックすぎる、素敵な体してるもの。それに、アーノルド教授の知人に、古き良き英国紳士なんていないわ」

くすり、と笑って言えば、虚を突かれたように目を見開いて、彼は口元を緩める。

「あまり、勘違いさせるような言動は、頂けないな」
「あら、むしろ勘違いを期待したのに」

口元を本で隠しつつそう言えば、彼は、ふう、と息を吐いて、両手をあげた。

「OK,君にはかなわない」
「ふふ、気が向いたら、図書館に顔を出して」

そこで働いてるから、と首から提げた、IDを摘めば、彼もくすり、とチャーミングな笑みを浮かべる。

「わかったよ」

素敵な出会いに、足取りも軽く、廊下を戻っていたのだけれど、突然襲った爆発音と揺れに、よろめいて壁に手をつく。
音は確かに背後から聞こえて、――まさか、そんな、と近づくサイレンの音を、聞いた。



Bump into…