「ほら、見て。ニュートよ」
「ニュート・スキャマンダー」
「ハッフルパフの変わり者」

くすくすと、葉が擦れ合うような笑声が通り過ぎて行き、縮めていた背が心持ち伸びる。細く見えてしっかりとした肩が、息をついて上下するのが見えた。
しかしまた、地面に目を凝らすようにして、猫背になる。

「あの、」
「っ、はい」

飛び上がったのかと思うほど驚いて、背が高い彼はわちゃわちゃしながらこちらを見た。はい、ってどうなの。内心で溜息をつく。一応、こっちが下級生なんだけどな。合わない視線を、無理やり合わせたりせずに、ずいっと、羊皮紙の切れ端を差し出す。

「あっちの廊下に落ちてました」
「え……」

探してたんですよね。え、あの。
それじゃ、と、彷徨う手にメモを押し付けて、踵を返す。懐中時計に目をやって、走らなくとも間に合うなと算段をつけた。まだ背後で口を開いたり閉じたりしていた先輩を振り返って一言。

「遅れますよ」
「あっ、ちょ、」



ニュート・スキャマンダー。ハッフルパフ生らしく、穏やかで優しい性格、らしい、というのは、私は個人的に面識がないからだ。
動物好きでも有名(おかげで動物に関するメモで埋まった羊皮紙も届けられたわけ)だが、それよりも、端正な顔立ちで上背もあるくせに、いつも少し猫背で、わかりやすく人見知りなところが、ちょっと悪目立ちしている人。
そう、人見知りなのだ。今も、自分から声をかけてきたくせに、全くと言っていいほど視線が合わない。うまくすれ違わせられるのは最早才能だと思う。

「ナマエ、行こうよ」

時間の無駄だと、呆れた様子を隠しもせずに隣に立っていた友人が言った。しかし、その言葉にスキャマンダー先輩が目に見えて消沈するものだから、なんだか可哀想になってきた。
先行ってて、と促せば、存外あっさりと、友人は去っていく。先輩がハッフルパフ生らしいなら、友人はレイブンクロー生らしく生きている。情より効率。見上げた先輩のほうがそんな彼女に戸惑っていて、なんだか笑えた。

「場所、変えましょうか。ここじゃなんで「僕のパートナーになってくれないっ?」…………はい?」
「クリスマスの、あっ、いや、やっぱり無理だよね。僕なんかと君がパートナーだなんて、そんな嘘みたいなことあるわけ、ないよ…………」
「……いや、別に、いーですけど」

自分で言った言葉に凹むなんて器用な人だ。頬にかかってきた髪を耳にかけながらそう言えば、先輩は、目を白黒させて、ひとしきり挙動不審になった後に、よかったあ、と満面の笑みを浮かべた。



パーティー当日。さっさと帰郷した友人がいらん根回しをしていたらしく、レイブンクローのお姉様方に数時間ほど拉致監禁されて、ようやく寮を出た。
疲れ果てて姿見すら見てないけど、ふと、大丈夫だろうか、と心配になる。

「――ナマエ!あ、えっと、その」

意外にもよく通る声で、人の名前を呼んできたかと思えば、先輩は、……ニュートは、頬を赤らめて俯いた。女子かよ。

「お待たせしました」
「そんなっ、……全然待ってないよ」
「…そーですか。とりあえず先に……トイレ行ってきていいですか?」

え?と不思議そうに首を傾げたニュートを上から下までとっくり見る。
借り物だろうタキシードはちょっとくたびれてるけど、髪なんかちょっとワックスで流してて。……うん、おかしい。かっこよく見える。
やっぱり確認したい。これの隣に立って本当に見劣りとかしてないだろうか。

「……綺麗だよ?」

とっても、と。まるでこっちの葛藤を見抜いたかのように、そんな言葉が降ってくる。王子様みたいな微笑みつき。
弄っていた布地から手を離して顔を覆えば、わたわたと目の前の気配が揺れる。
距離が近づいて知ったこと。この人は、動物相手に鍛えられたとんでもない観察眼を持ってるのだ。

「……いいです。行きましょうか」

ん、と手を差し出せば、腰に回る腕。繊細で優しい手つきに、こっそりと笑う。


優雅なクラシックからの急な変曲についていけず、2人揃って、ホールの端に追いやられてしまった。顔を見合わせて、ぷっ、と吹き出す。

「――ニュート!」

同じハッフルパフ生だろう。親しげに声をかけてきたカップルを皮切りに、あっという間に囲まれた。男子生徒の腕が首に回り、重さに耐えかねてニュートが中腰になったのに、なんとなく、離れる。

「今日のこいつは一味違うだろう?」
「髪は俺がやってやったんだ」
「わ、ちょ、」
「この日のためにずっとダンスの練習してたんだよ。しなくても出来るくせに」
「素敵ね、そのドレス」

慣れない砕けた雰囲気に、曖昧に笑って、ありがとうございます、と言っておく。暖色系のドレスの中で、レイブンクローらしい青みがかったグレーのドレスは、なんだか浮いてるようで、ちょっぴり居心地が悪い。

「あ、こら、もうふざけすぎ!ニュートの髪ぐしゃぐしゃじゃない!」
「悪い悪い。ほらニュート、お色直しに行くぞ」

強引に肩を抱かれて連れて行かれてしまったニュートは、ちらりとこちらを振り返って口パクで、ごめん、だって。ひらひらと手を振ってやれば、安心したように笑って人混みに呑まれた。
ハッフルパフのお姉様方も、気に入っている曲がかかったのか踊ってくるね、と去っていく。
……なんかちょっと、面白くなかったりして。

「……おいナマエ」
「げ、」
「ふん。相変わらずだな、お前は」

やって来たのは、従兄弟殿。歳が近いせいか、昔から何かと絡まれる。正直鬱陶しい。
尊大な態度で鼻を鳴らした従兄弟殿はスリザリンだ。従兄弟殿が入学する前からそうだと思ってたが、予想を裏切らない男である。

「、……パートナーはどうしたんだ」
「その言葉、お返ししますけど」
「……うるさい」

あーもうやだやだ疲れる。従兄弟殿の斜め後方、少し離れたところに、じっとりと視線を送ってくるスリザリン生のお姉様がいらっしゃる。
従兄弟殿がクリスマス前にこそこそ動いていたのは知ってるけど、彼には昔、遊びと言うのは名ばかりの、ただのいじめに散々付き合わされてうんざりだ。

「私のことを気にせずに楽しんで来たら如何です?従兄弟殿」
「その、従兄弟殿と言うのはやめろ」

低く高圧的に言いつけたかと思うと、従兄弟殿は大きく足を踏み出してくる。後ろが壁なのを思い出して、ため息が出た。
とん、とすぐ横につかれた手を横目に、顔を背ける。

「あんな変人をお前には似合わない」
「それは私が決めることでしょう」
「どうかな?僕が親に言えば――」

「僕のパートナーから離れてもらえる」

凛とした声が、雑踏を割いて飛んできた。視線が集まるのを物ともせずに、ニュートは、私を従兄弟殿から引き離しながら言った。

「君の親がどんなに偉い人だとしても、僕はナマエの手を離さない。君が無理やり連れ去っても、ナマエが嫌だと思ってるなら、必ず取り返しに行くよ」

ニュートの強い視線に、わかりやすく腰が引けた従兄弟殿に呆れる。まったく意気地のないやつだ
ニュートに固く握られた手を持ち上げて揺らす。

「私、この人のこと好きなんです。痛いけど」
「えっ!?ごめん!!」
「だ か ら!言ったそばから離してどーすんですかこのこんこんちき!!」
「え、え?ごめん……」
「嫌だと思うかってあったり前でしょう!!みすみすかっ攫われるほど甲斐性のない男なんですか?!」
「っ、違う!!」
「だーもう!!よく考えたら告白が先でしょ!?先に言っちゃったよばーかばーか!!」
「っぇ、……ぁ」

ようやく気付いたのか耳まで真っ赤にしたニュートの前で、興奮しすぎたのか恥ずかしさからか滲んだ涙を拭う。音楽が大音量でかかっているとはいえ、周囲の人たちにはまる聞こえだろうに。従兄弟殿は、いつの間にか姿を消していた。
ナマエ、と情けない声で名を呼ばれたかと思うと、かばりと抱きしめられて、涙も引っ込んだ。

「好きです。ごめんね」
「っ、ごめんはいらない!」
「うん。……でも、ごめん。好きでごめん」

魔法省に大きなパイプを持ち、純血主義を貫く従兄弟殿の意向に沿ったほうが、我が家もいろいろと恩恵に預かれるのだろうけれど。ニュートだってわかってる。だからこその、ごめん。

「…ちゃんとお嫁に、もらってくださいよ?」
「もちろん!世界で一番、幸せにするよ」

見上げた先の笑顔は、パートナーになることを承諾した時と同じ、お日さまみたいにあったかかった。



むかしむかしの恋物語