小さく震えたスマホを取り出す。
こんなもの、普段は使わない。眉を寄せ、ちゃっちゃとメールを開けば、いつもと同じ、はじまりの一言。

"今日はドーナツの日"

外は雨。小さく舌打ちをして、パーカーのフードを深く被った。


通りに面した、小さなドーナツショップ。サングラスに、パーカーといういかにも人目を避けた恰好をしたトニーは、ショーガラスに近寄った。

「……ストロベリーを」

時間は閉店間際。カウンターの中には、店員が一人。彼女はバイトだ。客に向けた愛想笑いを貼り付けたまま、ドーナツを紙袋に詰めていく。他にもいくつかフレーバーを選んで、会計を済ませ、車へ。

ハンドルを指でタップしながら、ストロベリー以外のドーナツをかじって、待つ。ほどなくして、エプロンもキャップも外した、先ほどのバイトが、店から出てきた。
車のロックを開ければ、自然な様子で乗り込んだ。

「今日は?」

髪を解いて、手でほぐした彼女――ナマエは、小さく笑った。
どうやら、"あたった"らしい。



ナマエとの関係がいつからだったか、よく覚えていない。ナマエとのルールも、最初から決めていたのか、それとも、長い付き合いでだんだんとできあがったものなのか。
ナマエの好きなフレーバーを選べば、それだけ自由にできる時間が増える。
毎回同じフレーバーを言うのはなし。ナマエは気分屋だから、その都度好きなフレーバーも変わってしまう。
たった1つのドーナツと引き換えに、ナマエは自分の体を、トニーに好きにさせてしまう。


トニーが目を覚ませば、雨はすっかり上がっていた。顔を出した月の明かりに照らされて、青白く光るような丸まった背中と、ふっくらとした臀部が、すぐ隣にあった。片ひざを立てて、顎を乗せ、片目で、ドーナツの穴を覗くナマエ。

「……何か見えるか?」

なーんにも。
目にドーナツを当てて、忍び笑う彼女は、肘をついて身を起こしたトニーを見下ろした。
見えるわけないじゃない、と、いとも簡単に穴を壊してしまう。
ぱくり。
つられるように、伸び上がったトニーもかじりつけば、砂糖と油でてらてらと光る彼女の唇が、ゆうるりとつり上がる。

「ねえ、また、ドーナツ、買いにきてね」

彼女の好きなフレーバー、今度は何味だろう。


午前3時のおやつ