※ちょっとキャプテンdis注意
主人公も特殊能力あり。



目覚めたら、自分の部屋のベッドにいた。隣で突っ伏して眠りこけてる幼馴染――ピーターを揺さぶれば、目を開けるなり、抱き着かれて、思わず呻く。

「もうっ、ナマエの馬鹿!」

――女子かよ。
スタークさん呼んでくる!と、部屋を飛び出していたピーターを半目で見送り、ため息を一つ。きっと、叱られる。


「ナマエ」
「………………ハイ」
「約束を破ったな」
「ナマエ、口開けて」

ペッパーに体温計を突っ込まれて、もごもごと反論が消える。椅子に座って足を組むトニー。ペッパーは気を利かせたのか、すぐに出て行ってしまった。


事の発端は、昨日の夜だ。
ピーターとともに、いつものように、夜の見回りをしていたナマエ。2人は、まだソコヴィア協定における立場が定まっておらず、それにかこつけてわりと自由に活動をしていたのだ。
じゃり、という足音が、背後で響く。

「……あの、」

ば、と2人揃って振り向いたそこには。ナマエは写真でのみ、ピーターは直接戦ったことさえある――スティーブ・ロジャースが、そこにいた。

「っ、あんた、どの面下げて……!!」
「……わかってる」
「…………何しに来たんです?貴方たちにつけと言われても、僕は断りますよ」

ピーターが尖った声で、言いながら、ナマエの前に立つ。ナマエは、目を逸らして俯いていた。恐怖ではない、純然たる、怒りを抑えるために。
ソコヴィア協定をめぐる一連の騒動は、ナマエがトニーと出会う前のことだ。口を出す権利はない、けれど、彼のために怒ることは、ナマエの自由だ。

「ほとんど駄目もとで来たから、いいんだ。それよりもただ、彼らのことを聞きたくて――」

言葉を失ったピーターの背後で、ざわり、とナマエの髪が揺らいだ。
だめだよナマエ、と、ピーターの囁く声が、遠い。

「――トニーは、どうしてる?」

ナマエの目の前が、ぎしり、と音を立てて軋んだ。


気が付いたら、ナマエはトニーに抱えられていた。呆然としたまま、ゆっくりと身を起こすロジャースの姿から、目を逸らす。
――耐えられなかった。どのツラ下げて、トニーの名を口にするのかと。
ロジャースに飛びかかり、罵りながら、不意をつかれて動けない彼の太い首に爪を立てる。しゅううう……、と、ナマエの口から洩れる息に似た声。
髪の間から、その顔を直視して、ロジャースは固まった。恐怖と、それから、嫌悪――それらを敏感に察して、ナマエは口を歪めて嗤う。


「馬鹿だな」

呆れたような、それでいてあたたかい声で囁かれて、ナマエは目を閉じる。宥めるように、トニーがナマエの鱗の浮いた額に口づけをした。

「君は私の"家族"を傷つけた。――……消えてくれ」

冷たい声。ロジャースが俯いたのがわかる。トニーの声が震えていることにも、ナマエは気づいていた。


ナマエは、ピーターと同様に、特殊な力を持っている。ただ、ナマエの場合は、蜘蛛ではなく――蛇。しかも、強い力に体がついていかなかった。
興奮すると、瞳は瞳孔が縦に切れ込み、肌に鱗のような模様が浮き上がる。威嚇の音とともに、ちろちろと舌をのぞかせて、牙からは毒。しかも、暴走して毒が体内に回ると、中途半端に免疫があるせいで、苦しみのたうち回る羽目になる。
ナマエの両親は、ナマエの変化を見るや、原因不明の病気だとして家に閉じ込めた。ピーターだけは、そんなナマエの部屋を窓から訪れて、一緒に夜の街を飛び回った。

『君が、ナマエか』

ひと月前に、急に現れたのは、あの有名なトニー・スターク。高級なスーツを着こなして、カーテンを閉め切ったナマエの部屋に入ってくるなり、埃っぽさと、湿った臭いに顔をしかめた。窓を開けることは、両親が許さないのだ。

『"化け物"』
『っ』

事あるごとにぶつけられる、聞きなれた言葉に、それでも息が喉に引っかかった。ナマエの部屋に、鏡はない。醜い姿を、見ないために――。

『――蜘蛛の坊やに、蛇のお嬢ちゃん、か。無理に夜にまぎれようとしなくていい。この間、ひったくりに突き飛ばされた妊婦、君が姿を見られることも顧みずに助けた――彼女、元気な子供が生まれたらしいぞ』

無遠慮に伸びてきた手が、顔を隠すために伸ばしていた前髪を、さらりと避ける。手慣れてる、とぼんやり思ったけれど、避ける気には、ならなかった。

『なんだ、可愛い顔をしてるじゃないか』
『っ、スタークさん』
『落ち着けピーター。……さて、ナマエ、君にはこれをやろう』

ぱ、と目の前に広げられた大きな手。

『……何も、ないけど』
『ああ、ないな。だが、君がこの手を握れば、』
『………、……』
『この部屋よりは狭いが、日当りのいい部屋と、無駄に大きくないベッド。それから、誰かと囲む食卓。幼馴染と自由に遊びに出かける権利。素敵な保護者が2人も手に入るぞ』

思わず、ナマエが見上げた顔は、至極真面目なそれだ。ピーターを見る。

――ひとりに、しておけないんだ。



「――聞いているのか、ナマエ」
「あ、うん」

はあ、とため息がつかれる。もちろん、小言は右から左へ。聞いていなかったに決まっている。大きな手が、ナマエの頭を撫でる。
あの時、この手を取ったから、ナマエはここにいる。トニーの養女になり、ペッパーと暮らしている。わしゃわしゃと、ナマエの髪をかき混ぜた。

「……君が、私のために怒ってくれたおかげで……冷静になれた。礼を言う」
「ん、」
「またな。いつでも遊びに来い」
「じゃあ、ドーナツ買っていくね」
「ああ」
「大好きだよ」
「……知っている」

ちゅ、とお別れのキスを両頬に送りあって、見送る。扉の向こうでペッパーと短い会話をしているのを聞いていれば、ピーターがマグを二つ持ってやってきた。
ドイツから戻ってきてすぐに、ピーターが漏らした言葉を、ナマエはずっと覚えている。ひとりに、しておけない人。
人一倍、大切な人を守りたいと思っているのに、不器用だから、うまくいかない。天才、プレイボーイ、博愛主義者、彼を評する言葉はたくさんあるけれど、誰もが見落としてること。――寂しがりやで、それから……嘘つき。
ペッパー特製のホットチョコに口をつけながら、ため息。

「冷静なわけ、ないし」
「指名手配犯なのに、見逃してるし」
「ほんとに」
「なんて不器用なおじさんたち」
「ああ、片方は、おじいちゃんか」

ピーターの言葉に、ナマエが吹き出したのを皮切りに、くすくすと二人で笑いあう。
"家族"だから、傍にいるのは当たり前。大好きだって、口にするのは少し恥ずかしいけれど。貴方が、それに慣れるまで、何度でも、伝えるから。



いやだと言われても