※CWのあのシーン



コツコツ、というノックに、は、として、車外を見た。シャロン・カーターと共に装備一式を運んできた、エージェントの姿がバッキーを覗き込んでいる。

「昨日は、どうも」

ベルリン支局から逃げ出す際に、派手に闘りあった彼女−−ナマエは、気まずそうに言った。親友の恋の成就に、緩んでいたバッキーの顔を、ばっちり目撃してしまったのだ。

「……怪我は、」
「あばらに、罅が。大したことないですけど」

ほんの2、3本、と、ナマエが言い、そうか、とバッキーが返し、また沈黙。2人ともが、きまり悪く視線をさまよわせる。

「ナマエ、」
「ウィルソンさん」
「遅すぎるぜ、あいつら」

やれやれ、といった様子のファルコンに、ナマエも、嬉しそうに肩を竦める。聞けば、ナマエはシャロンの、サムはスティーブの、恋路を見守ってきた同士なのだ、という。

「……本当に、よかった」

そうひとりごちた、ナマエの、横顔。
そこに刻まれる微笑に、どこか苦いものを見つけて、バッキーは、彼女の視線の先を追った。
時間は限られていても、思いが通じて、幸せそうな親友と、ナマエの、憧れの、人。ナマエのそれは――、愛と呼ぶには、淡すぎる思慕だった。2人が、幸せであれば、いい。


凛とした瞳を、柔らかくほころばせて、シャロンたちに歩み寄る。バッキーには聞こえなかったが、何かしら、からかったのだろう、2人の顔がほんのりと赤く染まり、ナマエは笑みを深めた。


シャロンを手伝って荷物を運び終え、ナマエは、最後にもう一度、駆け寄ってくる。

「バートンさん達も、そろそろ着くそうです」
「すまない。ありがとう、ナマエ」

スティーブが手を差し出したのに、ナマエが小さく息を吸った。気づいたのは、バッキーだけ。

「……いえ、いいんです。お気をつけて」

最初から最後まで、笑顔のままで、去っていこうとする彼女を、呼び止めたのは、ほとんど無意識だった。

「ナマエ、」

驚いて振り返った彼女だけじゃなく、スティーブやサムまで、ぎょ、としてこちらを向く。
それに少しだけむっとしながら、近づいたナマエの手を取って、その指先にキスをする。そして、汚すのを恐れるように、さ、と手を放す。

「……あんたは、強いな」

一瞬、泣きそうに瞳が揺れて、そして、凪いだ。バッキーだけが、知ったこと。

「ありがと」

勝気に笑って、今度こそ、ナマエは去っていった。



「――まだ、あばらの借りを、返してもらってないわよ」

バッキー、と、呼ぶのは、これがはじめて。話したいことも、知りたいことも、たくさんある。苦笑を浮かべて、ガラスケースに額を預けた。
いつかがやって来る、その時まで、待つよ。



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