『愛とは、』シリーズより


 サウンドウェーブが人間の守護者になる。
 それに難色を示したのは、守護対象であるナマエ本人であった。

 「だって、サウンドウェーブって結構偉い人なんでしょう」
 『……そうでもない』
 「はい、嘘ついた」

 ぎ、とパーツを軋ませたサウンドウェーブに、物陰から見ていたスタースクリームが、ぶほぉっと大きく排気した。それをもろに浴びたバリケードが嫌そうに車に変形して去った。ブラックアウトでさえ、しげしげと物珍しく、実質No.2と恐れられる情報参謀の情けない姿を見ている。
 あの陰険野郎が人間にいれあげている――と面白がって言いまわったのもやはりスタースクリームだ。言い出しっぺの彼を筆頭に、オートボットとディセプティコン総出でサウンドウェーブの"デート"に乱入したのは、数ヶ月ほど前だ。そして、彼女が残党に襲われたのはついこの間のこと。
 サウンドウェーブは、人間、オートボット、ディセプティコンそれぞれのトップとの交渉を済ませて、守護者として自由に行動できる権利をもぎとった。それはまさしく情報参謀に恥じぬ働きっぷりであった。――――問題は、諸手続のためNEST基地に呼ばれたナマエが首を縦に振らないことだ。

 「あのね、そりゃ狙われるなんて怖かったけど、ああいうことが起きないように、サウンドウェーブもこの基地のみなさんも普段から頑張ってるんでしょう?」
 『それはそうだが、しかし』
 「そんな特別扱いは必要ないよ」

 ぐ、ぎゅる、とパーツが軋む。ついにはふらふらと触手が出てさまよいだした。それをぞんざいに手で払いのけるようにして、ナマエは椅子から立ち上がる。

 『送って行、』
 「結構です」

 ぴしゃりと言って、ナマエは立ち去った。腕部を伸ばした姿勢のまま固まっているサウンドウェーブに、もちろん誰も声をかけられなかった。
 スタースクリームだけは残されたサウンドウェーブに嬉々として絡みに行ったが、八つ当たりにウィルスを仕込まれて七転八倒することとなった。



 ナマエが基地を去って以降、サウンドウェーブが毎週土曜日の"デート"に出向かなくなった。これまで通り世界中のネットワークを監視して、機械生命体の痕跡がないかを探り、出動にも応じている。それはナマエと出会う前の、彼の通常業務であった。
 しかし、ちらちらとサウンドウェーブを窺う視線は日毎に、その物言いたさを増していた。あの残忍といわれるレーザービークでさえもそうだ。報告を終えても去っていかない部下を見て、サウンドウェーブは無機質に首を傾げた。何だ、と地球外の言語で問うた主に、レーザービークは結局、深く頭を垂れて飛び去る。

 サウンドウェーブはもちろん、仲間や元敵の人間、オートボット達の視線に気づいていた。そして――――ナマエが今、体調を崩して寝込んでいる――サウンドウェーブは、それももちろん把握していた。

 『えっ、彼に言ってないの、ナマエ』
 『うーん、……その、ちょっとね』
 『えー少し前まで超ホットって感じだったのに、どうしたの?喧嘩でもした?』

 ナマエの自宅で彼女の見舞いにきた友人との会話を、サウンドウェーブはリアルタイムで盗聴していた。ナマエが帰ってすぐに、サウンドウェーブは部下であるフレンジーを潜り込ませていたのだ。
 人間がするように、彼女を愛することはできない。それが、サウンドウェーブがあらゆる可能性を吟味した上でたどり着いた答えだった。寿命も違えば、キスやセックスといったありふれた恋人同士のふれあいもままならない。病気で寝込んでいる彼女のアパートに行ったところで、何もできやしない。

 『誤解しないでよ。彼はすごく、優しいの。言ったら多分来てくれるけど……』
 『けど?』
 『彼との出会いが、その、ちょうどケイスと別れた頃だったでしょ』

 ――――それでもサウンドウェーブは、ナマエを愛していた。ナマエの口から、ナマエの声で、人間の異性の固有名詞が出るのを不快に思うほどに。

 『私、彼のこと利用してるかもって。寂しくて傷ついてた時に、優しくしてくれたから甘えてばかりかも』
 『ナマエ……』
 『…"同棲"しないかって言われてるの。彼は私のこと愛してくれてる。でも、こんな中途半端な気持ちで、彼の生活を変えさせていいのかな』
 『でも、彼のこと愛してるんでしょ』
 『うん』
  
 揺るぎない返答だった。ブレインサーキットが、じわじわと熱に侵されていく。しきりに排気を行っても追いつかない。熱を引かせながら、サウンドウェーブはカメラアイを瞬かせる。記憶回路に浮かぶのは、ナマエの姿だ。
 変な意地張ってないで、甘えたらいいのよ。友人は言い、また来ると言い残して、去っていく。そのすべてを聴覚回路に焼き付けながら、サウンドウェーブは基地を出た。人目を避ける仮の姿のまま、ハイウェイに乗る。ぐんぐんとエンジンの回転数を上げた。



 ぶぶぶ、と携帯が着信を告げて、目が覚める。

 「はい」
 『ーーーーナマエか』
 「、サウンドウェーブ?」
 『今、家の前にいる。出てきてくれないか』
 「えっ」

 寝起きだ。髪も洗っていない。けれど。
 ーーーー会いたい。
 部屋着のまま上着を羽織って、部屋を取び出した。

 通りに停まるメルセデスベンツの塗装に、相変わらず傷や曇りはない。街灯を鈍く照り返して、綺麗だと思う。助手席側のドアの前に立ち、ルーフを撫でてから、ナマエはそこに頬を預けた。

 「……久しぶり」

 ぎ、と車体が揺れる。そのままの体勢で返ってきた言葉は、ナマエの思っていたものとは、違った。

 『すまない』
 「?……なに」
 『俺は、ナマエを疑っていた』

 守護者になるということ。人間でないものと、つきあうこと。違いや変化に、怖じ気付いたのだと。

 『ナマエが病気だと知っていても来なかった』
 「それは、」
 『看病はできない。人間らしいことは、無理だ。それでも俺は、俺のやり方で、ナマエを特別扱いしなければならない。そうせざるをえない』

 愛している。ほんの僅かにノイズを混じらせながら、彼は言う。
 本当は、ずっと傍にいてくれると彼が言った時、ナマエは嬉しかった。確かに、ナマエは怖じ気付いていたのかもしれない。自分のずるさに。
 守護者であろうと、恋人であろうと、なんでもいい。

 「看病なんて、いいの。これから傍にいてくれたら」

 乗ってもいい?と聞いた。血の通った肉体よりも、金属のボディと革のシートがいい。彼の体に包まれて、どこへだって行ける。それが、ナマエの幸せだ。誰がなんと言おうとも。


 『愛してる』
 録音したナマエの声を繰り返す。あの久しぶりのドライブ以来、いろいろなことが変わった。ナマエは引っ越すと決めた。大きなガレージつきの一軒家にだ。政府から出る補助費を利用して、サウンドウェーブが手続きを済ませた。

 『たかが人間一人のために、回りくどいことだ』
 『……何がだ』

 自分と同じ機械生命体であるスタースクリームを、サウンドウェーブは見た。
 サウンドウェーブが基地にいるかいないかはそう大したことではない。彼はもともと戦闘の前線に立つというよりは、基地内で情報を扱うのが主たる仕事だからだ。
 ナマエは自立した人間だ。ひとりで考え、決断し、行動する。サウンドウェーブは彼女が襲撃された一件で思考したのだ。――それが危険なことであると。だから、サウンドウェーブは、ナマエが自ら選択するようし向けた。人間は自分の選択に責任を持とうとする傾向があるからだ。ナマエのような善人であれば、なおさらに。
 本当は、ナマエが躊躇しようと強引に話を進めてもよかったのだ、こいつは。そうスタースクリームは、苦々しくサウンドウェーブを見た。
 病気は、体も心も弱らせる。そこにつけこんだ。
 いや、最初から、ナマエはつけこまれていた。それに罪悪感を持つのはナマエが人間だからだ。

 こいつはそんなやつではない。陰険腹黒野郎、とスタースクリームが低く罵っても、サウンドウェーブの"心"はぴくりとも動かない。
 そういった人でない部分をナマエは知らなくていい。
 愛し、愛されているのだから、それでいい。



これも、愛



(うちの音波さんは看病してくれなかったようです)