人をダメにするスパダリとダメになりたくないあなたの無駄な攻防,ヤンデレ
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※「とことんお姫様扱い、略奪愛」×バッキーの話の続編です。


 どこまでも続いているような気さえするような広く美しい自然に囲まれた草原。
 隣に立つバッキーはじっと、彼女のことを見つめていた。僕とバッキーとがこの国で過ごすことを許してくれた若き国王ティ・チャラ。彼の妹、シュリが遠くを指さして何かを説明しているようだ。頷いている彼女の横顔は、ぎこちないながらも穏やかに見えた。

 ――――いいのか?

 と、聞くことさえ憚られるほど、バッキーの瞳もまた穏やかだったのだ。

* * *

 結論から言うと、バッキーの洗脳は完全に解けたわけではない。ジモが引き起こした事件がその証明だ。そしてバッキーは、完全に洗脳を解く方法が見つかるまで冷凍カプセルの中で眠りにつくと決めていた。
 そのカプセルの開発は、もちろん天才科学者であるシュリをはじめ、最先端のテクノロジーを支えているワカンダの科学者達が行ってくれることになっていた。シベリアの研究施設で見たそれとは違って、シュリが目指すのは精神的身体的負担を最低限にしたカプセルだ。

 そんなシュリが、超人兵士の"生体"について一番の知識を持っているであろうナマエ・ミョウジに協力を要請したのはある意味で当然のことであった。偶々、その現場に通りがかってしまった僕は、彼女の返答に耳を疑った。

 『そのカプセルって2人分じゃないわよね』
 『え?』
 『生きたまま冷凍保存なんて、ごめんよ』 
 『ちょっと待って、何か勘違いしてない?』

 慌てたようにシュリが言い、ナマエは皮肉げに唇を歪めた。

 『冗談よ』

 実を言うと、シュリの天才的な頭脳故の饒舌や、明るく社交的な性格は、よく似たもう一人の科学者を思い出して仕方がなかった。冗談だと言った彼女――――ナマエ・ミョウジのその笑みは、シベリアで対峙した時の彼の表情が思い出されてしまっただけでなく、べっとりと頭に張り付くようだった。



 彼女を助け出したのは、バッキーだ。それなのに彼女はバッキーのことをひどく嫌っている。顔を見れば嫌そうに視線を逸らし、時には八つ当たりに近い皮肉をぶつけた。 バッキーは、そんな彼女のことを当然だとばかりに受け止めている。

 「っ触らないで!」

 バッキーが彼女に手を伸ばしたのは、親切だった。シュリが共有したデータをタブレットで確認しながら歩く姿は確かに危なっかしかった。けれど、バッキーの手を叩き落とした彼女は神経質に眉を動かしながら言う。

 「人殺し」
 「っ――――いい加減に」

 この時ばかりは、我慢できずに口を開いてしまった。

 「スティーブ、やめろ」
 「バック、」
 「いいんだ」

 バッキーがそう言うのなら、僕に言えることは何もない。は、と攻撃的なため息が彼女の口から漏れた。

 「感謝するのが当然とでも思ってるんでしょ?」
 「……何?」
 「スティーブ」

 バッキーが僕の肩に手を置いてとどめようとするけれど、僕は厳しい目を彼女に向けた。

 「助けられる側の人間はそうするべきだと、あなたは思ってる。別に助けてくれなんて頼んでないのにね」
 「そうするべき、だなんて、僕は――――」

 思っていない。
 ただ、自分には助けられる力があるのだから、助けるべきだと思って、そうするだけだ。

 「その人は、あなたのことを覚えてた。洗脳は完全じゃなかったと私が証言するわ。洗脳されてたから仕方がないだなんて私は言わない。人殺しは、同じ数だけ人を救ったって、人殺しよ」

 私がその人を拒絶する理由は、と一度言葉を切った彼女の横顔は疲れて見えた。

 「人殺しと言わせて、非難されることで、救われようとしてるから。――――大した信念も正義もなく生きている私にとっては、ヒドラの敵を殺してきたその人も、祖国の敵を倒してきたあなたも変わらない」
 
 人殺し。立ち去った彼女の背中を見送りながら、その言葉をぶつけられていたワンダのことを思い出していた。



 ゆっくりと沈んでいく夕陽に彩られて、あたりは一層美しい景色になっていた。じっと彼女を見つめるバッキーの横顔は、その瞳は相も変わらず穏やかで、その表情はいつかに会いに行ったペギーを思い起こさせて――――ぞっとした。

 「――――――――」

 シュリがこちらに気付いて手を振ってこなければ、僕は彼に何を言ったんだろう。シュリの隣で、僕を見ているだろう彼女の瞳を、はじめて怖いと思った。


Threesomes




本編読了後推奨の補足が2021/08/25の「New:10万hit+1」の追記にあります。