ギャビーは再会の抱擁を解くとすぐに、他意なくイリヤの頬を触った。久しぶりに会う彼の顔はいやに血色がよかった。
 イリヤを単独任務に出すと、任務は完璧でも、いつもいくらか体重を落として帰ってくる。ウェーバリーやソロとの会話でも何度か懸案事項としてあげられていた。仕事に打ち込むあまり、食事を疎かにするのは、イリヤの長年の悪習のようだった。

 「美味しいもの、食べさせてもらってるのねえ」
 「太って見えるか?」
 「いや、健康そのものって感じ」

 なんかむかつく、と、そのハリのある頬を摘めば、眉間の皺は、相変わらずだった。散歩するような速度を保ちながら、声を低めて段取りを確認する。今日明日で全てが終わる運びのはずだった。代理人がこれ以上焦らすようであれば、イリヤにソロが同行し目的の人物のところに案内させる。もちろん、そうならないのが最善なのだが。

 「――ナマエ?」

 イリヤの視線の先を見るけれど、人混みに阻まれて、ギャビーには見えなかった。イリヤがぴたりと立ち止まって、たたらを踏むようにして、ギャビーに止まる。

 「――――デュランだ」
 「何ですって?」
 「ナマエといる」

 悪態をついたイリヤは、習性から懐に手を入れているが、この人混みの中ではうかつに抜けない。顔を険しくさせたギャビーにも、2人の姿が見えていた。
 遠目で見る限り、ナマエは困惑はしていても、警戒はしていないように見える。それもそうだろう。街で急に話しかけてきた男が、犯罪組織の一味だとは思わない。

 「何故ここにいるの?ソロはどうしたのよ」
 
 ここ二ヶ月ほど、イリヤが交渉していた代理人、ベルナルド・デュランは、ソロが張り付いて見張っていたはずだ。だが、現に、デュランは数メートル先におり、しかもナマエの手首を握っている。横の大男から発される殺気がそろそろ限界値に達しそうで、ギャビーは焦燥に駆られる。
 何かを話しているナマエ達の横に、車が停まる。運転席から顔を出したのは、見覚えがある。常連連中のうちのひとりだ。ナマエが目に見えてほっとしたのがわかったが、イリヤは、震える拳を握りしめるしかなかった。
 ベルナルドと男に促され、ナマエは車に乗って行ってしまう。
 イリヤ達が引きずり出そうとしていた相手は、ずっと部下に常連のふりをさせて、ナマエ達親子を見張っていたのか。今更、ナマエに接触して、どうするつもりなのか。

 「ソロが、食堂に向かうって」

 ソロと連絡をつけてきたらしいギャビーがそう声をかけてくる。その必要がある。このような事態になってしまっては、父親も、保護する必要がある、はずだ。
 だが、待て、とイリヤは、通りの先車が走り去った方向をにらみつけた。

 そもそも、ウェーバリーがベルナルドを通じて接触しろと命じてきた相手は、誰なのだ。