ばしゃばしゃと泡を洗い流して、目を瞑ったまま手繰り寄せたタオルに顔を埋める。ぱ、と顔を上げて、鏡を見た。

「ひ、」

ぬぼお、と背後に立っていた同居人に思わず、ひきつれた悲鳴が出た。

「、マイケル、いつもごめん。おはよう」

不気味な白いマスクは、別段気にした様子もなく、こくり、と頷いた。彼なりの朝の挨拶らしいとわかっていても、心臓にはよくない。


基本的に彼は、ソファに腰かけてじっとしている。たまに出かけるときは、本当に忽然と姿を消す。
今日もそうだ。

「――おかえり」

夕飯の支度でキッチンに立っていると、またしても背後に気配。ずい、と差し出されたのは、ネズミ数匹を尻尾で器用に束ねたもの。
これは、彼いわく、お土産らしい。が、食べるのは遠慮したい。だけど、断り文句も尽きてきた。
んんん、と悩んでから、そうだ、と手を叩く。

「おかずはもうつくっちゃったから、裏の猫にあげてもいい?ほら、その……新鮮なうちに」

ちょっとだけ、しょんぼりした様子ながら、頷いてくれたのに、ほっとする。
リビングの掃き出し窓を開けて、庭にネズミをほどいて置いた。するとすぐに、母猫と子猫がわらわらとやってくる。マイケルが子猫を見つめて、不思議そうに首を傾げた。

「ああ、マイケルは知らなかったよね。ここ2、3日、この子見かけなかったでしょう。赤ちゃんを生んでたみたい」

じゃれ合いながら、さっさと去っていく猫たちを、じ、と見つめるマイケル。
IHの警告音に、私がその場を離れても、マイケルは、しばらくその場にとどまっていた。

ソファを寝床にしているマイケルに、おやすみを言って、ベッドに入ったのが1時間ちょっと前。さわさわと、髪や頬に触れる気配に、目が覚める。
彼は、ベッドの横にあぐらをかいて、静かにそこにいた。たまに、こうしてやって来る。
今日の猫たちの姿が、彼の中の何かに触れたのだろうか。

「ん、おいで」

もぞりと、入り込んできた大きな体と、籠もっていた温かさを分かちあう。マスクの口元を少しだけずり上げて、現れた唇に自身のそれを重ねた。

「(ナマエはどこにもいかないよね)」

声なき声でつむがれる懇願。応えるように、抱きしめる腕に力を込めた。



君がいない日常なんて