きらいきらいっ、だいっきらいっ!!

みっともなく溢れる涙を、握った拳で強引に拭った。紙切れ一枚の繋がりしかない”母親”の声も無視して、部屋に飛びみそのままベッドにダイブした。
私をいじめるあの女も、その彼氏のくせして私に言い寄ってきた男も、大嫌いだ。
何より、その顔だけの男に言い寄られて、なんにも知らずに舞い上がっていた自分が一番――、惨めで滑稽で、だいきらいよ……。

トゥルルルルルル――……。
いつの間にか眠っていたらしい。部屋の固定電話が鳴っていた。電話が切れ、一階の様子を窺ってみても、義理の母親は仕事だし、父親は呑んだくれた挙句、うるさいいびきをたてて眠っている。
家事をしろ、と呼び出したわけではないみたい。今まで、家族以外からかかったことなんてないし、間違い電話だろうか。

「っ……」

トゥルルルルルルルルルル……。
急に音を立て始めたそれに、びくりと身を引いてしまう。おそるおそる受話器を取った。

「もしもし……」
『やあ……、やっと出てくれた』

なんだか変な低い声。知らないし、わかるはずもない。

「誰……?」
『おっと、切らないでくれよ。あれ……もしかして君、アリーじゃない?』
「……私、アリーじゃなくてナマエよ」

なんだ、やっぱりただの間違い電話じゃないか――いくらか肩の力が抜ける。

『なんだって?それは失敬』
「いえ、気にしないで。それじゃ、」
『ちょっと、ちょっと待ってくれよ。俺と少し、おしゃべりしないか?』

普段だったら切ってるだろうけど、――寝て忘れたつもりでも、やはりまだ、傷つけられた心がしくしく痛んだからかもしれない。

「……いいわよ」

ほんの気まぐれ。そう言い聞かせて。



――そう、始まりはそんなことだった。
今にして思えば、すべて周到な計画のうちだったのかもしれない。アルコールでまるまると太ったお腹を切り裂かれ、ぶよぶよと醜い脂肪をまき散らしている父親を見下ろした。玄関で、今し方聞こえた物音は、きっと義母が帰ってきたのだろう。

『――下に降りてごらんよ』

毎晩のように会話を重ねた、電話の相手――ゴーストフェイスの言うとおり、下に行けば、父親は死んでいた。それなら、きっと……ふわふわとした足取りで玄関へ向かう。

「……ナマエ?」

今まで出迎えたことなんてなかったから、目を見開き、そして本当にうれしそうに笑った義母は、私が勝手に心を閉ざしていただけで、いい人だったのかもしれない。――でも、

「やあ――かわいいナマエ」
「ひ、」

私が出迎えたのは、あなたじゃない。
今まさに、その首をかききった殺人鬼だったから――。

「ごめんね、"ママ"」

空虚な響きがだれもいない家に落ちて消えた。私の手を引くのは、黒い手袋に包まれた大きな手、私はそれを愛してる、



たとえそれが、血塗れだとしても