※登場するモブと名前被りがあったらすみません。
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 国道沿いのモーテルに併設された小さなレストラン。来るのは年のいった常連客かトラックドライバーばかりだ。彼らは決して素行が良いとは言えない。トラック野郎ばかりの店内を見て、旅行客は車へ引き返すか、そそくさと料理を片づけて逃げるように車を発進させる。
 とはいえ、必ず立ち寄ってくれるトラックドライバーは店の経営を支えているわけで――――。

 「よお、ナマエ」

 挨拶代わりにお尻を触られても、しがないアルバイトの私は文句は言えない。にやにやとした日焼け顔を母親のような顔で見つめて言うのだ。

 「ちょっとやめてよね。お皿片づけたいから早く食べちゃって」
 「直接触らせてくれたら、チップはずむぜ?」
 「はいはい」

 コーヒーのおかわりを注いで、テーブルを離れる。
 同じアルバイトでシングルマザーのローサがこっちを苦々しく見ているのには気づいていたけど無視をした。別にちやほやされているわけではなくて、絡まれているだけだ。彼女より若いから。たぶん理由なんてそのくらいだ。



 木曜の朝早く、ローサから電話があった。息子が熱を出してしまったから代わりに出勤してほしいという電話だった。ローサの陰気な声が「ありがとう」「あなたは優しい人ね」と言うのに適当な相づちを打って電話を切った。
 こういったことは何度かあったが、そのうちの何回かは息子が理由ではなくてローサ自身のプライベートな用事であることは知っている。別に、そのことで彼女をわざわざ問いつめたりはしないけれど。

 昼前、お店が閑散としている時間に、彼は、来た。
 なんというか、……"雰囲気のある子"だった。

 年の頃は、14、5歳、といったところ。茶色の癖毛に、はっきりとした二重、小ぶりの唇。美少年とは違うけれど、なんだか目の惹きつけられる子だった。

 「コーヒー。後は適当に」

 保護者らしき男は、テーブルを挟んで向かいに座るその少年を親指で指しながら注文してきた。居丈高な言い方に、内心で面白くなく思いながら笑顔で対応する。
 ちらりと少年を見ると、上目で見上げるようにして薄く笑いかけてきた。妙に大人びた顔をする子だなと思いながら、コーヒーサーバーとマグカップを持って戻ると男はいなかった。少年は頬杖をついて、私がサーブする様子を眺めている。

 「お父さんは?」
 「安心して。お金ならちゃんとあるよ」
 「……え?ああ、そういうことじゃないの」

 ポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出して見せた少年に慌てて手を振った。

 「私、ナマエよ」
 「ブランドン」
 「よろしくブランドン」
 「父はたぶん、戻って来ないと思う」
 「あら、そうなの?」

 淹れてしまったコーヒーに目をやる。僕が飲むよ、とブランドンの手がそれを引き寄せた。

 「"大人"ね」
 「まあね」

 冗談ぽく言えば、ブランドンは肩を竦めて口の端を片方だけつり上げた。子供らしいニヒルな表情に、私も笑う。

 「それで、注文はどうする?適当にって言ってもね、ブランドンが食べたいものを食べたらいいわ」
 「……ナマエが作るの?」
 「いえ、オーナーよ」
 「ふうん」

 厨房に目をやったブランドンの瞳は、興味の欠片もないようだった。けれど、再び私を見上げる顔には笑顔がある。

 「ナマエのおすすめは?」
 「そうね。ハンバーガーかな。特製ソースが美味しいの」
 「じゃあ、それ」
 「わかった。待っててね」

 ブランドンはハンバーガーを気に入ったらしかった。

 「ごちそうさま」
 「私が作ったんじゃないけどね。何よりだわ」

 ソースついてるわよ、とブランドンの口の横を拭ってやる。彼はぱちりと瞬いてから、ありがとうと笑った。

 「ナマエは優しいね」
 「……そうかしら」

 ローサに言われても何とも思わない言葉が、彼に言われると何故だかくすぐったかった。



 ブランドンはそれから、私が働いている時にやって来た。
 年の離れた友人のように思ってくれているようだ。でも最初の時以来、父親も母親も見ていない。いつも彼はひとりだった。

 「僕、養子なんだ」

 ブランドンは何てことないことのように教えてくれた。

 「だからあの人たち僕に興味ないんだよ」
 「……本当のご両親は?」
 「"ブライトバーン"で死んじゃった」

 ちょうどその時、昨日この近くで起きたビルの崩壊事故が"ブライトバーン"の仕業ではないかとニュースキャスターが喋っていて、テレビの電源を切った。
 各地で多発している"事故"。旅客機の墜落や列車の脱線事故、ビルの崩壊。たくさんの死者が出る事故なのに、いくら調査しても理由が全くわからない。そこで目撃されている"謎の人物"がブライトバーンと呼ばれているのだ。未確認生命体だとかなんとか言われているけれど、その人物が絡んでいる事故や事件もみんな"ブライトバーン"と呼ばれている。

 「やっぱりナマエは優しいね」

 頬杖をついてブランドンは言う。
 ……そんなことないよ。

 「どうして?」

 と彼が首を傾げていて、口に出ていたと気づく。

 「私の恋人も、"ブライトバーン"で死んじゃったのよ」
 「へえ、そうなんだ」
 「でも彼は浮気してて、その時もたぶん浮気相手と一緒にいたんだわ。だから私、彼のお葬式でも泣けなかった」

 苦笑して言った。

 「それの何が悪いの?」
 「え」

 ブランドンが私を見ている。

 「そんな悪い奴、優しいナマエが悲しんでやる価値なんてないよ」

 子供らしい潔癖な物言いだと思った。けれど、それは違うよ、と諫めてやる言葉が出てこなかった。

 「僕は人に嫌われやすいんだ。だから、今までたくさんの"両親"がいた。でもみんな僕の親にはなれない」

 虐待されていたことだってある、とブランドンは言う。でもね、と笑った彼の手が私の手を握った。目を細めるようにして笑う彼の顔は大人びていた。

 「僕は彼らを赦すよ。人間だから仕方ないって」
 「ブランドン……」

 彼は私を優しいと言うけれど、彼の方がよほど。

 「あなた、天使みたいな良い子ね」
 「ふふ」

 おかしそうにブランドンは笑った。いつものようにくしゃくしゃの紙幣をカウンターに置いて、ブランドンは振り返った。

 「もうここには来られないと思う」
 「そう、なの」

 それは、寂しいな。
 そんな顔をしていただろう私を見て、彼はますますおかしそうに笑った。

 「ばいばい」
 「さようなら、元気でね」

 その次の日、また"ブライトバーン"が起きた。
 幸いにも私は巻き込まれなかったけれど、ローサとその息子は死んでしまった。私はブランドンが無事であればいいと祈ることしかできなかった。

* * *

"最後に殺してあげる人たち"

1、ジェイソン・ロペス
2、ドミトリー・カーン
3、ケイト・ロー
4、タイラー・ボイド
5、イレーネ・ラモス
6、マリー・マッキー
7、ミン・レイ
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86、ナマエ・ミョウジ

 みんないつかは死ぬんだ。
 だけど善き人は最期にしてあげる。


「汝の敵を愛せよ」