15歳。大人というには子供っぽく、子供というには生意気。このくらいの年齢には、何事も全部一過性だ。SNS、流行りの音楽、恋愛、ファッション、なんだって、気づけばすぐに流れ去ってく。

 テキサスのど真ん中に、私はいた。
 気取ったサングラスをかけて、強い日差しと、興味津々な目線を避ける。前髪は作らないで、かきあげてる。ここらじゃ、前髪をつくるのが流行りみたいで、同年代の女の子たちはみんな、揃えたように同じ前髪だ。
 ああ、美容院が一つしかなんだ。田舎ってかわいそ。

 「……ねえ、君さ」

 話しかけてきたのは、多分このあたりでモテてるだろう男の子。だって、こっちを伺ってた女の子たちが一気にざわついたから。面倒だなあ、って思いながら、にこっと笑って、なあに、って言ってあげた。そしたら顔真っ赤にしちゃって、ちょっと面白くなるかも、って思った。

 「このあたりじゃ見かけないけど……旅行?」
 「まあ、そんなとこ。ねえ、この辺にモーテルとかない?」
 「もうちょっと行ったとこにあるよ。その荷物じゃ大変だろうし、乗せてこうか」
 「え、ほんと?助かるー、ありがと!」

 ちゅ、とキスしてやれば、嫉妬で顔をゆがめた女の子たちが見えた。砂埃で汚れた車に乗せてもらって、モーテルで下ろしてもらう。バイバイ、と手を振って、店に入った。

 煙草の煙で薄汚れたルームミラーを見る。メイクも髪も服装も、私はアンタたちとは違う。私は都会の女の子。田舎の同年代とは、住む世界が違う。
 だから、嫉妬にかられて声を荒くするこの女なんて、ブンブンうるさく飛び回る蠅みたいなもんだ。あまりにもうるさかったら、蝿叩きで叩きたくなるでしょ?
 ばちん。
 って、これは、私がひっぱたかれた音だけど。あーむかつく。トムは私の恋人よ、って、トムって誰。ああ、さっきの。

 「キスの一つや二つでばっかじゃないの」

 多少の悪意はあったけど、あんなの挨拶のキスみたいなもんだ。トム、トム、トミー、と甘ったるく呼んでやる。

 「で?トミーとはもうセックスしたの?」
 「っこのーーぎ、ひッッ」

 運転席側の硝子が割れるのと、女が奇妙な声を上げるのは同時だった。深々と頭に生えた包丁の先は、喉から突き出てる。
 おえっ、とこみ上げてくるのを飲み込んでいれば、わざわざ迎えに来てくれたらしいその人が、女の背後からひょこりと顔をのぞかせた。

 「久しぶり、ババくん」



 うちのお母さんは結婚する前は、ソーヤーっていう名字だった。ババくんとは従兄の関係になるとか。早く結婚したかった、と、お母さんは今でもぼやく。まあ、そりゃ普通は、人喰い一家が親戚にいるなんて、隠さなきゃいけないことだよね。

 「あー、疲れた。ってか暑すぎだよほんと」

 ぼすり、とババくんのベッドに転がる。差し出されたのは、よく冷えた炭酸水。気が利くじゃん、とむきむきの腕をつつけば、嬉しそうにもじもじと肩を揺らす。
 まあ、うちのお母さんもどこか普通じゃないとは思う。いわゆる出来婚でまだ小さい私を連れて、お礼参りの里帰りを敢行したのだ。この子は普通に育ててやる人の肉なんて食べさせないって高笑いしてみせたのだ。うーん、やばい人だ。
 でも外面はいい。私と同じで。美人だし、お金持ちの男の人を渡り歩いて、私もそれにあやかってる。ちょっと娘っぽく甘えれば、いくらでも鐘が出てくるのだ。だから結構気軽に、お母さんよりも私が、テキサスのこのうちに入り浸ってた。
 ババくんは私を溺愛してる。人間なんて食べたくない!って引きこもったら、ちゃんと、その辺で狩りをしてきてくれるのだ。だから、私は、さっきババくんに私を殴った罪で殺されてしまったあの子の肉も、食べないで済む。

 「お母さん、また入院したんだよね。そろそろほんとにだめかも」
 「……、…………」

 ぶよぶよのマスクの中の瞳は、静かだ。口から漏れるのも吐息だけ。お母さんは、ババくんの中で家族じゃないのかもしれない。おじさんたちに聞いたら、お母さんはババくんを嫌っていたんだって。罵ったり、ものをぶつけたり。

 「ババくんは私のこと憎たらしくないの?」

 めちゃくちゃお母さんに似てるのに。これから、どんどん似てくだろうに。呻き声を上げて、ババくんは大きく首を横に振った。どんどんひどくなっていく動きを、肩に手を置いて止める。

 「わかった、わかったから」

 ぎゅうっと抱きしめられて、汗と、生臭いにおいに包まれる。でも、ババくんだから、許してあげる、と広い背中に手を回した。
 しばらくそのままでいたけれど、はっとしたように、ババくんが私の両肩を掴んで、顔をのぞき込んできた。そして怖い顔で、赤くなってるだろう頬を触ってくる。

 「…ああ、これね。私の男を盗ったってキレられたの」
 「?」
 「つまり……キスしたの。別にただの挨拶なのに。ガキっぽいよね」

 けらけらと笑っていれば、ぬ、と顔に影が指す。むにゅり、と唇を覆っているのは、ババくんの厚い下唇だった。目を剥いて離れようとするけれど、がしりと大きい手に頭を掴まれていて、だめだ。

 「ぶ、ちょ、ちょっん」
 「……、…………」

 ふー、ふー、と荒い吐息を漏らすババくんは、何度も何度も唇を押しつけてくる。ぬるぬると舌が、上書きするように撫でてくるのに、したいようにさせてあげた。おつむが弱い、というのは、私のお母さんの言葉だけど、ババくんはまだ子供みたいなものなのだ。
 
 「っぅあ゛」

 びっくりしたような声を上げて、ババくんは、ばっと離れていく。
 それから、ずるずると床に崩れ落ちて、顔を覆った。土下座っぽい姿勢で、うーうー、と呻き声を上げている。図体ばかり大きい男が、口周りがべとべとで妙にすーすーしてる私の、目の前で。
 ウケる、と笑って、ババくんの頭を撫でてあげた。そろりと伺ってくる様子に、別に怒ってないよ、と言えば、またぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 ババくんの膝に乗せられたから、エプロンでぐしぐしと顔を拭いてやった。そのまま、ゆらゆら揺れるババくんの動きに、眠気がやってくる。

 「もし、お母さんが死んじゃったら、ババくんとずっと一緒にいられるね」

 うー、と嬉しそうな声が降ってきて、そっと目を閉じた。もぞもぞとババくんの胸に顔を埋めた私も、やっぱり普通じゃない。


 無法地帯


 おきてるあのこにきすをしたのは、これがはじめて。
 あのこは、おこらなかった。
 じゃあ、もっと、して、いい?