※Dead By Daylightの世界観を拝借してます


 ここはどこなんだろう。
 夏も近いというのに、ひんやりと湿った空気が満たしているように思うのは、不気味な街並みのせいだろうか。街灯はそれなりの明るさを保っているけれど、荒れ果てた家々には灯りはもちろん、人の気配がない。
 大通りを進めば、青と赤の回転灯――パトカーを見つけて、その近くで車を停めた。汚れたガラスから中を覗くが、やはり人はいない。だが、地図が助手席に落ちているのを見つけて、恐る恐るドアを開ければ、セキュリティは作動しなかった。

 「Haddonfield……ハドンフィールド?」

 地図上の×印の横に、そう書いてある。聞いたことがない街だ。ここが、その場所なのだろうか。少し歩くと、錆びた遊具が鎮座している公園にたどり着いた。ブランコやジャングルジム。がさり、と音がして、振り返る。鋭く、低い声がかけられた。

 「何してるの……!?」
 「そっちこそ」

 身を低くし、足音を殺しているその金髪の女性は、私の手を引っ張って茂みの陰に身を隠した。

 「わたしはローリー・ストロード。あなたも…、迷いこんでしまったのね」

 深いため息をついたローリーは、服が汚れていることに気付いて、ぱたぱたとはたいた。土や泥、埃でよくわからなかったけれど、まだ若い。多分そんなに年も違わないだろうと思って、ちょっと気が抜けた。

 「どういうこと?ここは、どこなの」
 「私が生まれ育った街。今はそんなことはいいの。殺人鬼がうろついてるの。早く逃げないと……あなた、どうやってここに?」
 「車で……」
 「車?車があるのね!お願い、私を連れて逃げて」

 すでに2人やられた、と顔を歪めるローリー。とても信じられないことばかりだが、この状況がおかしいことはわかる。

 「パトカーの近くに、車があるの」
 「わかった。安全に行きましょう。あなた名前は」
 「ナマエ・ミョウジ」
 「ナマエね、よろしく」

 独特の機械音を立てて動くジェネレーターをいくつか見かけて、先導するローリーにあれは、と訊ねる。街全体が封鎖されており、ジェネレーターを五つ動かして門を開けなければならなかったという。

 「でも、どうしてナマエは来れたのかしら」

 不思議そうなローリー。その時、男の人の絶叫が街中に響いた。まさに断末魔といってよいそれに、背筋が震える。

 「……地下だわ。ここからそう遠くない…まずいわね」
 「なに、なんなの」
 「あとは私たちだけだわ。とにかく、逃げるのよ。それしか道がな……」
 「ローリ、!?」

 いきなり腕を引っ張られて、前のめりに倒れる。草がちくちくと刺さり、石畳で掌をすりむいてしまった。

 「立って!!逃げるのよ!!」
 「ローリー!!?」

 振り返って、戦慄が走る。キッチンナイフを持った男が、抵抗するローリーを担ぎ上げていた。闇に白く浮いてみえるハロウィンマスク、血で汚れたつなぎ――殺人鬼。もつれる足で、地を蹴った。
 走りながら振り返れば、殺人鬼はローリーを担いだまま遠ざかっていく。何か武器があれば、と首を巡らすけれど、それらしいものは落ちていない。

 「はぁっ、は」

 パトカーのもとに戻ってきてしまった。ふと、グローブボックスから覗いている銃に気付いて、一も二もなくドアを開ける。グロック22――重たい、けど、使える。

 「っ!!」

 窓ガラスに映った白い顔に、転がるようにして飛びのいた。ナイフの"柄"がガラスをたたき割って、散った破片から顔を庇う。手が血塗れになったのを、見下ろしていた殺人鬼は、ゆらり、とこちらに顔を向けた。

 「ごめんなさ、」

 首を傾げる様子が妙に幼くて、謝罪が口をついて出てしまった。だが、ナイフを掲げたのを見て、迷わず、引き金を引いた。一発目、外した。二発目、足に当たった。僅かに呼吸音らしきものが聞こえ、がくり、と膝をついたのを尻目にローリーを探しに走った。
 まだ、悲鳴は聞こえない。だから、大丈夫な、はず。

 「ローリー!!どこなの!!」

 ある家の前で、うめき声が届いた。――地下室だ。ローリーが言っていた。

 「ローリー!!」

 階段を駆け降り、肉かけフックに吊るされた彼女を見つけた。失血で朦朧としているのか、首が力なく揺れる。なんとか助け出そうとするけれど、彼女の体重を支えられない。フックの返しをこえられない。

 「……、ナマエ…逃げ……」

 がくり、と首が垂れた。嘘、うそ嘘だ……。
 それは唐突だった。見られている。どこまでも、追いかけてくる視線。全身の産毛が総毛立つような、粘着質な視線。……そういえば、どうしてあの男は、刃ではなく柄の方で私を襲った…?
 奴が、階段を下りてくる。もの言わぬローリーの前で、私は銃を構えた。何発撃ち込んでも、男の歩みは止まらない。弾切れだ。だらり、と腕を下せば、白い顔が間近に迫る。

 「どうしてなの」

 やはり、ナイフの刃は私に向けられない。マスクの奥の瞳に、血も涙もない殺人鬼らしからぬあるものを見つけて、呻いた。

 「ああ…うそでしょ」

 男は静かに胸を上下させて、腕を振り下ろした。世界がブラックアウトする。


 道を間違えた。

 
 それは、恋に落ちた瞳だった