「やだっ、いやああああああああっ!」

 夜の闇に支配された邸宅の中で、女が泣きわめく。長い髪を容赦なく引きずられる。痛みと恐怖で、かちかちと歯が鳴った。両親の目を盗んで引き入れたボーイフレンドは、家じゅうに張り巡らされた巧妙な罠によって、彼女の目の前で命を落とした。車で出かけたはずの両親は、地下室で物言わぬ死体となっていた。
 そのすべてすべて、自分を引きずっている黒ずくめの男がやったのだ。顔の凹凸に沿った奇妙なマスクが不気味な男。だが彼は、あることを見落としていた。今夜この邸にいるもう一人の存在を。
 男が目指しているのは、用済みの"コレクション"と、その容器である赤い箱だ。……確かにそれは、男が置いたままの状態でそこにあったのだが。
 その箱の上にとまり、ゆらゆらと足を遊ばせているのは、男の予定にはなかった存在。ひとりの、少女というには少し幼い子供。
 アーモンドの形をしたその大きな瞳は、見知らぬ殺人鬼と、彼に引きずられた"シッターのお姉さん"を観察していた。
 ばちり、と音が聞こえた気がした、男と、少女の瞳が、勝ちあったのだ。

 男は、あっさりと女の首をかききった。
 コレクションに加えるはずであったが、もう要らない。
 今日の獲物は決まったのだ。血にまみれた手が、ゆっくりと伸ばされた。



 記事の一面を踊るのは、一家惨殺事件の見出し。近所に住んでいた少女が行方不明。少女は、一家の一人娘に預けられていた。必死で探す両親。少女は、学校でいじめられ――。

 「新聞って、よくこんなところまでしらべるよね。ひまなの?」

 と、男を見上げれば、知るか、とばかりに目を逸らされた。
 そうして、朝食を済ませてから、手早く皿を洗った男に連れられて、地下室へ。こんこん、と小さな手で、赤い箱を叩いて回れば、悲鳴や嗚咽が漏れ聞こえる。

 「ねえ、コレクター。この人しんでるよ」

 コレクトする人だから、コレクター。
 いつまで経っても名前を教えてくれない男を、いつからかそう呼び始めたのはナマエだ。ごそごそと最低限の食糧をコレクションに与えていた男が、きびすを返してやってくる。その時――、赤い箱の、どうやって開けたのか、穴から伸びてきた手が、ナマエを掴もうと伸びた。

 「お、おいっ!!おまえ!助け……っぎゃああああああっ!!!!」

 汚れた手が触れる前に、男は箱を蹴倒しつつ、少女を抱き上げて遠ざけた。穴から伸びていた腕が、箱と床に挟まれて奇妙にも曲がった。

 「あは、新しゅになったね」

 垢と血でまみれた手で彼の"お気に入り"に触ろうとした――処分しようかとも思ったが、少女が喜ぶのなら、仕方ない。
 マスクをしていない顔をぺたぺたと触ってくる少女を連れて、男は部屋を出る。


 がちん、とトラバサミが細い足首を捕えようとする。もし万が一挟まれば、切断しかねないというのに、ナマエは、ひょいひょいとゲーム感覚のようだ。飽きてやめたかと思えば、的確に罠の欠陥を指摘してくるので、男は改良を加える。
 その隣の椅子に腰かけて、男の背中にもたれながら、ナマエは蜘蛛と戯れる。

 「ねえ、コレクター」

 少女の男を呼ぶ声はずっと変わらない、男を慕ったそれだ。男はオカシくて、少女もまた、オカシイ。

 「次はどんなのつかまえる?」

 無邪気に笑う少女に、男でさえも、ほんの少し背筋が寒くなる。だが、同時に、惹かれずにはいられない。


Soulmate