「新しく、担当が変わるって」
「え?」
「彼女…は、性格に難はあるけど、優秀だから心配しないで」

のほほんと笑うバナー博士に、スティーブはぱちぱちと瞬くほかない。彼がアベンジャーズの仲間に加わってから、血清によって作り上げられたスティーブの肉体は、彼のメディカルチェックを受けるようになっていた。
彼は優秀だし、何より、肉体の変化というものを経験している身として、メンタル面でシンパシーを感じていたのことが否めない。

「君は、意外と変化を嫌うよね」
「頭が固い、とは言われるけど」
「あートニーがよく言ってるね。まあ。生粋の発明家にとって、柔軟性と変化は、創造に必要不可欠な要素だから」

苦笑したバナーは、新任科学者の情報をまとめた紙を、スティーブに差し出した。


スティーブは、上半身を晒したままの格好で、ラボの椅子に座っていた。

「なるほど、」

ぶつぶつと呟きながら、たたたっとタブレットに指を走らせる様は、トニー・スタークによく似ている気がした。
彼女の名前はナマエ・ミョウジ。スティーブの新しい担当医で、ごくごく最近に、SHIELDに招聘されたらしい。
実際は医者ではなく、生理学者。生物学に携わる者なら、一回は彼女の論文を読むといわれている。研究に熱を入れすぎた結果、天才の称号が後からついてきたタイプだ。
スティーブの体はまだ謎が多い。70年前には十分に解析できなかったところもある、と、人体のあらゆる全てに精通したナマエが呼ばれたのだ。

「終わりです。服を着ていいですよ」
「でも、その…」

ちらり、とトレーニングパンツを履いたままの下肢を見た。すると、彼女は至って冷静な口調で、ああ、と返す。

「会ってすぐの女に、性器をみせるのは気が引けるでしょう」
「せ……」

スティーブは黙って、服を着ることにした。


難あり、というより、難の塊のような人だった。最近は〇〇フェチという言葉があるらしいが、彼女はいわゆるそういう気質らしい。オタク、あるいはマニア。社交に興味が向かないらしく、ラボで昼食ともいえない食事を独りでとっている姿を、スティーブは見かけたことがあった。
人体にしか興味がない。超人兵士のボディに首ったけだと、エージェントの誰かが揶揄を含ませて、言っているのも聞いた。
…スティーブがひとりの彼女に声をかけたり、そよエージェントを注意することはなかった。

「おい、キャプテン。任務中だぜ」

バートンが口を片端だけ歪めて言った。確かに、集中力に欠けるところはあったかもしれない、と反省する。

『じいさんにもようやく春がきたか』

無線で聞いていただろうトニーがそう言ってくるのに、彼の口癖を真似て、ミュート、と返してやった。


春とか、そういう以前の話だろう。同僚として、もう少し打ち解けたい、とは思う。
マスクを脱げば、ぱらぱらと砂が落ちた。結局あの後、仕掛けられていた爆弾に気づかず、爆発に巻き込まれてしまった。盾で防いだから、多少のかすり傷と火傷で済んだものの、やはり、集中できていなかったのだろう。
頭を振って、髪の隙間に入った砂を落としていると、クインジェットの格納庫の隅に、ナマエを見つけた。
ぱちり、と目が合う。

「あ……」

しかし、スティーブが声をかける前に、彼女はさっさと出て行ってしまった。ぽん、と軽く肩を叩かれて、振り返ると、ナターシャがいた。

「あなたも一応診てもらってきたら」

クインジェットのメディカルチェックでは問題がなかったが、スティーブは、彼女の言葉に従った。



「お帰りなさい」

扉を開けるなり、かけられた言葉。そういえば、いつも彼女から声をかけてくれる、と今更なことにスティーブは気づく。

「おはようございます」
「こんにちは」
「調子はどうですか?」
「気をつけて行ってきてください」

任務に出て行くとき、彼女はいつも、そう言ってくれていた。

「ただいま」

笑って、そう言えば、彼女は少しだけ、目を丸くした。今までは意識して返事していなかったから、とてもおざなりな挨拶をしていたのだろう。そう思うと、少しだけ、ばつが悪くなった。

「大きな怪我は…、なさそうですね」

こちらへ、と促されて、いつもの椅子に腰掛ける。消毒と、テープで、手早く処置をしていくナマエ。
どこかぎこちないスティーブに気づいて、気配だけで、笑ったようだ。作業台にもたれて、口を開く。

「誤解されやすいのは、知ってます。こればかりは元々の性格なので、どうしようもないのですが」

口数が少ないからこそ、誤解される。研究者とその対象ではなく、彼女は最初から、打ち解ける努力をしていてくれた。その瞳はいつも、あたたかみを持ってスティーブを見つめていたのだ。

「あなたのように気づいてくれる人がいるから、いいんです」

瞳を細めるだけの、笑み。
それは、春の空気のように、ささやかなものだった。


ハルジオンのような人