ふ、と、目の前に姿を現したデミガイズを、慌てて手を差し出して受け止める。
 相変わらず、予測できない子だ。危ないったら。

 「どうかしたのかい」

 ぱちり、と大きな瞳を瞬かせて、竹林の奥に消えていったデミガイズ。それと同時に、姿現しの音と、ばきばき、と枝が折れる音が聞こえた。

 「……ナマエ?」

 もしかして、と小走りで、姿現しをすれば、ナマエが今まさに、木から飛び降りようとしていたところで慌てて落下点に入り込む。飛び出してきた僕に目を見開いたナマエが、ぱ、と手を離した。

 「、ぶないっ」
 「――――ほら、おいで。大丈夫だから」

 なんとか受け止められたことにほっとする間もなく、ナマエは、そのまま、木上を見上げて、そう笑った。
 ぽす、と軽い重みがかかり、ナマエの腕の中には、ニフラーがいた。その手にしっかりと握られているのは、ナマエのブレスレットだ。

 「まったく、これはだめだってば」

 指の先でちょいちょいと、ニフラーをつつきながら、ナマエは苦笑する。その言葉に、じ、とニフラーを見れば、どこかばつが悪そうにそろりと瞳が逸れた。思わずため息。

 「人のものは取ったらだめだって、言っただろう?――ナマエも、心臓に悪いよ」

 ニフラーとの追いかけっこの結果、木の上にまで行ってしまったんだろう。彼は、全力で追いかけないと絶対に捕まらないし。
 でも、躊躇いなく手を離したナマエを思い出して、彼女を横抱きにしたままの腕に力を込める。ナマエのことだから、着地の算段がちゃんとついていたんだろうけど。

 「ごめんごめん。でも、さすがだねニュート。ありがとう」
 「、デミガイズが教えてくれたんだ。……君は、彼らにも好かれるんだね」

 そう微笑めば、そうかな、と、ほんのちょっと首を傾げてナマエも笑う。僕のおなかが、タイミングよく、小さく鳴った。くすり、と笑ったナマエにほんの少し恥ずかしくなる。ニフラーも人間臭い仕草で体を揺らすものだから、こら、と叱れば、ナマエの腕から飛び降りて、一目散に逃げていった。

 「……僕たちも、お昼にしようか」

 ゆっくりと彼女を下ろそうとすれば、ニュート、という甘えるような声。

 「どうしたの?」
 「……このまま、このまま運んでくれない?」
 
 ちょっとだけ頬を赤くして、ナマエがそう言った。ふふ、と思わず笑ってしまう。首を下げて、僕の首に回る腕に、口づける。

 「――仰せのままに」

 目を見合わせて、小さく笑い合った。



 ナマエと出会ったのは、僕がまだ魔法省に勤めていたころだと思う。彼女は時々、こうして僕や魔法生物を訪ねてやってくる。

 「グレイブスさんの家に、移ったんだってね」
 「うん。ティナから聞いたの?」
 「まあね。マクーザに勤めてる人で、君のことを知らない人って、いないんじゃないかな」
 「それは大げさよ」

 パンを千切ってシチューに浸しながら、ナマエは肩を竦めた。彼女は周りの人に好かれる性質で、いつも隣には誰かがいる。
 パーシバル・グレイブス――彼も、その一人。そして、一番、彼女の隣にいることが、多い人。

 「クリーデンスと、モデスティも一緒よ」

 彼らの話を聞くのは嬉しいけれど、でも、……ほんの少しだけ、面白くないと思っている僕がいる。

 「そろそろ帰らなくちゃ」

 もう?と聞きたくなるのを堪えて、ポートキーの準備をする彼女を見つめる。次に彼女が訪ねてくれた時に寂しさと妬ましさを顔に出さないために、彼女の笑顔だけを、焼き付けておきたいんだ。

 「またね」
 「……うん、また」

 僕の腕をいつもすり抜けて行ってしまうくせに、去り際には、離れがたいように、寂しそうに笑うなんて。

 「――ひどいや。君も、そう思うだろ?」

 苦笑しながら、肩口で揺れるピケットを、そっと撫でた。