昔から、自由だったのはベッドの中だけ。母さんやチャスティティの目を気にすることなく好きなだけ考え事をできた。
 小さい頃は、今日街で見かけた子供が食べていたアイスの味。親が買ってやっていたブリキのオモチャはどういうふうに遊ぶんだろう、とか。ぬいぐるみの肌触り。他人と繋ぐ、手の温かさ。
 ベッドの中は冷たくて、昼に浴びた太陽の光を思い出す。それでも、――僕が立っているこの夜の街は、寒い。


 あの事件の後も、僕はよく街に出た。
 でも、誰かを傷つけようとか、何かを壊してやろうとか、そんなつもりはない。ただ、空から見る夜景が、綺麗で――。僕があんなに壊してしまったのに。魔法はすごい。

 "こつ、こつ、こつ、"
 足音が聞こえて、僕は部屋に戻った――建設中のビルの鉄骨から、何区画も離れて、"ノーマジ除け"をかけたあのお屋敷に。グレイブスさんがくれた、僕の、僕だけの部屋。

 「――クリーデンス、起きてる?」

 僕は起きだして、ナマエに返事をした。

 「ごめんね、起こしちゃった?」

 扉から少しだけ顔を覗かせたナマエは微笑んで、静かに歩いてくる。
 ――僕が"あの姿"になるのを、ナマエやグレイブスさんはよく思ってない。
 ベッドに腰かけた彼女の指が、すっかり伸びた僕の髪をくしゃりと混ぜる。 

 「……散歩?」
 「、はい」

 隠す必要はないけれど、でも、ばつが悪くて、俯いた。ナマエの手が、僕の頬を挟む。

 「責めてるわけじゃない」
 「わかって、ます」
 「もう誰にもクリーデンスの自由を縛る権利はない。私にも、パーシバルにもね。――でも、心配をする権利はある」

 ナマエの額が、こつりと僕の額にぶつかる。
 生き残った自分も、自分が身の内に抱えたままのオブスキュラスも、まだわからないことが多すぎるから。

 「得体の知れないものを、人は怖がる。僕の"母さん"が魔法使いを排斥しようとしたみたいに」
 「クリーデンス、」
 「僕が一番わかってる。誰にも見られてないし、知られていない。……傷つけ、られるわけがない」

 困ったように笑ったナマエさんの言いたいこともわかってる。オブスキュラスの力を制御できていても、僕はまだ、若い。慢心してはいけない、とグレイブスさんはいつも言う。

 「……もう寝ましょうか。明日は、ニュートに会う約束だったよね」
 「ナマエ、」

 離れていこうとする彼女に、やんわりと腕を巻きつければ、彼女はふんわりと微笑んで、もう一度ベッドに腰かける。

 「眠ってしまうまで、ここにいて」

 いつもの言葉を言えば、彼女は僕を甘やかすように、寝かしつける。……ナマエの中で、僕はいつまで子供でいたらいいんだろうか。
 もぞもぞと頭をナマエの腿に乗せれば、ナマエの指が前髪を梳きやる。2本の指先が眉間を撫でた。

 「――……瞳、気を付けて」
 「わかって、ますよ」

 くすりと笑って、白く光っているだろう瞳を瞼の下に隠す。寝返りを打ち、居心地の良いその場所にそっと唇を押し当てた。