キングスマン専用であるはずの回線に、平気で割り込める人物は限られている。メールを開封すれば、素っ気なく書かれていたのは、彼女の行きつけのカフェだった。
仕事を終え、クリスマスらしく賑やかな街を通り抜け、いつもの席に座れば、これまたいつもと寸分違わぬタイミングで、着信があった。

『こんばんは、マーリン』
「……あまり機嫌が良くないようだな、ナマエ」

とげとげしい声に内心で苦笑しつつ、周囲に聞こえぬ程度の音量でそう聞く。

『あら、貴方がそれを言うの?先日、世界中の国やそれに準ずる組織のトップや幹部の、頭が、文字通り、すげ変わったのは誰のせいかしら?いくら国と関わりがないといっても、貴方たちの本拠地は、ここーーイングランドなのよ。毎日毎日、私たちは各国から飛び込んでくる陳情の対処に追われているわ』

彼女が言うのは、あの傍迷惑なV-dayの顛末だ。
他の国だけじゃない、我らがキングスマンの幹部連中も相当数吹っ飛んだ。新しい人材の育成に、内部改革にと、時間も手もいくらあっても足りない。
ーーそんな中で、もしも外部からの攻撃があったら、ひとたまりもなかった。

「わかっている。君は、我々が潰されないように尽力してくれたんだろう。……感謝する」

本音だ。以前まではあってないものだった国からの圧力も、今このタイミングでにあったなら、独立を保てたかどうか微妙だった。ナマエが相当に上層部とやり合ったらしいというのは、遠い血縁でもある猫毛の研究開発部長から聞いていた。

『……妥当な評価をしただけよ。組織の内部腐敗に気づくのが遅かったのは否めないけれど、それでも自分たちで蹴りをつけたし、……世界を救ったわ』
「ナマエ、」

拗ねているような、ほんの少し甘さの混じった言葉尻に、ついこちらまで緩んでしまう。誤魔化すように、オーダーした紅茶に口をつけたが、優秀な”目”を持つ彼女にはお見通しだったようで、また雰囲気が鋭くなる。

『ちょっとそこ外なんだから、わかりやすく嬉しそうな顔しないでくれる?!』
「、く、すまん。……それで?私の姫君は、クリスマスだっていうのに、忙しくて来られない?ここに呼び出された私は、期待してもいいのか?」

噛み殺しきれなかった笑みをそのままに、あたりをつけて”目”のほうに視線をやれば、電話回線越しに、ふ、と呆れたような微かな吐息にくすぐられる。

『……1時間で会えるわよ。いつものスコーン買っておいて。紅茶は貴方が淹れたのがいい』
「かしこまりました、マダム」

今度こそ、くすくすと笑いを漏らした彼女。
ーーしかし、にわかに向こう側が騒がしくなった。

『おい、通信の私用は規則に反するぞ』
『?!ボンド?!いつからそこn、』

わざと聞こえるように割り込んできた無愛想な低い声に、ぴくりと眉が動いてしまったのは仕方ない。
ガラハッドとは違うベクトルで、有能なエージェント。
またの名を、ナマエにまとわりつくうるさい虫。


悪態と嘲笑

(私だって、君の声を直接聞きたいんだがな)