「そうだ、ロー」

「ああ?」

「私たち、別れよう」


バイバイしよう、と俺の隣で手を振る女。俺との別れをあっさりと済ませようとしている、この女。俺が初めて心底惚れた女。


別れを告げられるようなことをした覚えはあった。間違いなく、俺の度重なる浮気が原因だろう。隠れてこっそりしたわけでもない。白昼堂々。公衆の面前で。相手なんて取っ替え引っ替えだ。そこそこ見栄えの良くて後腐れのない女なら誰でも良かった。所詮ただの遊びなのだから。
名前は忘れたが、俺は彼女の友人にも手を出している。もちろん、意図的に。
そんなことだから、見限られてしまっても仕方がないと言えばそうなのかもしれない。元々ハイリスクな遊びだった。


「じゃあ、まあ、そういうことだから。お互いフリーに戻ろうよ」


俺の知る限り、別れ話というものは、こんなに軽い調子で、しかも微かに笑みを浮かべたまま、切り出されるものではなかった。


「冗談じゃねェよな」

「まさか」


けれど、遅かれ早かれ、この話は避けられなかったと思う。そう考えれば、彼女はよく今まで耐えてこられたものだ。恋人が目の前で他の女を口説くのを、彼女は何も言わず、ただ見ているだけだった。どれほど屈辱的だったことだろう。


「俺が嫌いになったか」

「いや、まだ好きだけど。でもローは浮気ばっかだからさ。私、もう傷つくの嫌だ」


最後の言葉には驚きを禁じ得ない。世間話みたく別れ話をし出す女にそのようなことがあるのかと笑いさえこみ上げてくる。今だって、平気な顔ではないか。


「ていうか、他の子を触った手でベタベタ触られたくないっていうのが本音かな」


そう言うと、彼女は普段は見せないシニカルな笑みを浮かべてみせた。彼女がそんな風に笑えることを俺は知らなかったし、現に今日はじめて見た。


「そんなもん、今更だな」


彼女は大きく頷いた。


「ね。だから、もう別れよう。面倒くさいでしょ、お互いに。私、ローといるの疲れたよ」


俺を正面から見据える女。今から俺と別れるつもりの、この女。俺が生まれてはじめて心底好きになった女。


「まだ未練とかあるし、そんなすぐに忘れないけど」

「時間が何とかしてくれるよ」


凛々しく美しい。そんな女だから惚れた。曲がらず、折れず。そんな強かな女だから、惚れた。けれど、弱いところも見せてほしかったのだ。醜い嫉妬に心を乱された彼女を見てみたかった。それだけだった。
彼女は、俺の知らないところで多くの涙を零したのだろうか。遂に俺は見ることが叶わなかったけれど。でも、それが本当なら、あまりに愛しいではないか。

しかし、今更そんな言い訳を並べたところで何にもならない。どうしようもない俺を捨て、彼女は去る。


「じゃあね、ロー」


違う。待て。行くな。
渇いた喉からは掛けるべき言葉が出てこない。


去りゆく後ろ姿を無言で見送った俺が、本当は抱き締めたかったと言ったら、彼女は再び笑ってくれるだろうか。


/世界を変える言葉がほしい。
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