「あんた…覚えてないの?」

いのはそう言うと、私の顔を覗き込むように近寄ってきた。その顔は真剣そのもので、その気迫に圧されそうになる。静かに頷くと、叫びだした。あんた本気なの?それとも嘘?と。
いのが叫ぶ度に頭にズキズキと響いた。昨日は、高校からの仲間と集まって飲み会をした。久しぶりに盛り上がって、お酒を飲みすぎた。つまり二日酔い。

「あんまり大きな声出さないでよ、響くから…」
「出さずにいられるかっての!どっから覚えてないの、昨日のこと!」

昨日のこと…。
一つ一つ順を追って思い出す。夕方に家を出て、いのと待ち合わせた。そこから歩いてお店へ。久々に会う仲間と話して、乾杯した。それで、ついついお酒を飲みすぎて、それで…。

「…乾杯した後からうやむや」
「そんな早い段階から?…まぁあたしは構わないけどさ。あんたのことだし」

私何かやらかしたのかしら。いのに聞いても何も教えてくれなかったし、聞いても無駄だと思った私はそれ以上何も言わなかった。

「てか早く準備しなさいよー。買い物行けないじゃない」
「いのが邪魔したんじゃない」

私は手早く準備を済ませると、いのと共に家を出た。

「うっわ、これ高っ!」
「給料入ったんでしょ?買っちゃえば?」

服を体に当てながらショッピングを楽しむ。すると、通りに見覚えのある人物。私は服を元あった場所に戻すと、声を掛けに通りへ。

「サスケくん!」
「!…サ、サクラか」

あれ、様子がおかしい。視線を合わせてくれないのはいつものことだけど、何というか、そわそわしてる。それに、頬が赤い?

「サスケくん?」
「ちょ、サクラ!今サスケ君はまずいって!」

いのも店から出てきた。私たちを見るなり、慌て出す。

「何慌ててるのよ、いの」
「あんたほんとに何にも覚えてないの?!」
「うん」
「はぁ…」

いのは大袈裟なくらいため息をつくと、こっそりと私に耳打ちした。

「あんた、お酒弱いのにガブガブ飲んで、あっという間にでき上がったのよ。そんで、サスケ君に抱きつくわ、好きだ好きだと言うわ、挙げ句の果てにあんたキスしたんだからねー」

いのの説明に、まるで津波が押し寄せるかのように記憶が蘇った。その記憶が軽く三回ほど回想されたあと、体が熱くなっていくのが分かった。

「わ、わたっ、え、キス…!?」

言葉が上手く繋がらなくて、ついサスケくんの方を見たけれど、気まずそうに視線を逸らされた。

(うっ…本当なんだ)

きっと私は耳まで真っ赤。なんか、変な汗までかいてきた。

「…サクラ、あたし帰るわ」
「え、何でよ!」
「じゃあねー!」

いのが突然帰ったせいで、二人きりになってしまった。サスケくんを直視することなんて出来なくて、足元を見た。

(どうしようどうしようどうしようどうしよう…)

泣きたい、私の馬鹿。酒は飲んでも呑まれるなって言うじゃない!

「サクラ」
「え、はい!」
「昨日の…」
「ああ!ごめんね!私お酒弱いのにガブガブ飲んじゃってあんなことしておいて何だけど覚えてないの!ほんとにごめ…」
「サクラ」

ぐい、と腕を引っ張られ、距離が縮まる。目の前にサスケくんの顔があったかと思うと、抱き締められた。耳元で感じる、サスケくんの声。

「酔ってないサクラの気持ちが聞きたい」
「え…?」
「俺は、サクラが好きだ」

抱き締められていて良かった。茹で蛸のように、真っ赤になった顔を見られなくてすむ。
なんて呑気に考えてる場合じゃない。サスケくん今なんて…!

「私の…気持ち?」
「あぁ」
「す、…好き、だよ」

私の言葉は消えてしまいそうなほど掠れて小さくて。サスケくんに届いたのかどうかは分からなかった。だけど、抱き締めてくれている力が強まったから。

「サスケく…」
「好きだ…」

今は少しだけ、お酒に感謝した。



(あなたに、空気に、この恋に)


20100302



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