毎年憂鬱になるこの日。むせ返るような甘ったるい臭いに、吐き気がする。今年もこの日が来てしまったか、と最高に憂鬱な気分でいると、窓から予想もしていなかった来客が訪れた。 「サ、サクラ?」 「あ、サスケくん!ごめん!ちょっとお邪魔するね!」 丁寧に靴を脱ぎ、身を隠すように体を小さく丸めた。そしてご丁寧に、チャクラも消したようだ。 「何やってんだ、お前。」 「しっ!少し静かにしてて!」 自身の唇に人差し指を当て、静かにするように指示される。しばらくの間外の様子を伺っていたが、ようやく大きなため息をついた。 「うん、撒けたみたい。」 「何かに追われてんのか。」 「そうみたい…。全く身に覚えはないんだけど、なんか朝からずっと追われてて。」 「朝から?」 外を見れば太陽はすでにてっぺんに昇っていて、時計を確認すると13時。どんだけ逃げ回ってんだ、こいつ。 「相手は検討ついてんのか。里外のやつなら火影に言って…」 「あ、違うの。追われてるって言っても、里の人達。」 「達?」 「ナルトとサイとカカシ先生、ヤマト隊長にシカマル、それから…」 「おい、ちょっと待て。つまりだ。お前は里の男共に追われてるってことか?」 「そうなるかな。」 サクラの話を聞いて、頭の中で状況整理する。サクラは朝から追われていて、理由は分かっていない。追っているのは里の男共。そして今日はバレンタイン。…バレンタイン? 「私、みんなに嫌われるようなことしちゃったのかな…。」 「いや、違う。」 「うん?」 「お前が狙われている理由は分かった。」 「狙われてる?!私、やっぱり嫌われるようなこと…!」 「違う。だが、お前のことは俺が守る。」 「話が読めないんだけど…。」 「読めなくていい。とにかく、お前は俺の側から離れんな。」 身なりを整え、忍具を身につける。おそらく、この場所もすぐ嗅ぎ付けられるに違いない。朝から逃げ回っているサクラに、多くのチャクラは残っていないはず。 「サスケくん、そんな忍具まで持ち出さなくても…。」 「いや、これぐらいでちょうどいいはずだ。」 すると、複数のチャクラを確認する。一直線にこちらに向かってやってくる。サクラを抱き寄せ、クナイを構える。 次の瞬間、窓がド派手に割れた。 「サクラー。こんなとこにいたのか。」 「人ん家の窓壊しといて、謝罪もなしか。」 「なんでサスケん家にサクラちゃんがいるんだってば!」 「ウスラトンカチが。ぎゃーぎゃーうるさい。」 「サスケ君、今日はやけにお喋りですね。」 「…おかげさまでな。」 瞬身の術でサクラもろとも姿を消す。それは想定の範囲内だったのか、3人も同じ術であとを追う。部屋には砕け散った窓から風が入るのみだった。 「サスケくん!私自分で走るから下ろして!」 「却下。」 屋根から屋根へと跳び移りながら、回りのチャクラを確認する。さきほどの3人とは別のチャクラを確認し、どうしたものかと策を練る。その間もサクラはぶすっとした顔のまま俺の腕の中にいた。 「よぉ!サスケ!」 「キバ、と赤丸か…。」 「悪いが、サクラこっちによこせ!」 「断る。」 「だったら力ずくでいただくぜぇ!」 真っ正面から突っ込んでくるキバに、どう対処すべきか、などとゆっくり考えている暇はない。ここは無難に、と印を組む。キバが俺達にぶつかった瞬間、それは丸太へと変わる。 「変わり身か。…シカマル!」 「あいよ。」 「!」 先を読まれていたらしく、シカマルが現れた。まさか協力してやってくるとは。空中で身動きがとれず、見事にシカマルの餌食となった。 「影真似の術、成功。」 「くっ…!」 「ヤマト隊長、頼んます。」 さらに現れたのは、ヤマト。印を組ながら、こちらの様子を伺っている。 「どうかな。大人しくサクラを渡してくれれば、僕は君達を檻にいれるなんてこと、しなくてすむんだけど。」 にこやかだが、決して目は笑っていない。いつでも木遁によって編み出された檻に閉じ込められる可能性があるということだ。 「…嫌だと言ったら?」 反論する俺の言葉に、すぐさま術を発動させ、木の檻を作り上げた。あっという間に閉じ込められた俺達の回りに、わらわらと男が寄ってくる。ナルト、サイ、カカシ、ヤマト、キバ、シカマル。それぞれが勝ち誇ったかのような顔だ。 「さて、こっからは個人戦だね。」 「えー、僕が檻に閉じ込めたんだから、先輩達は遠慮してくださいよ。」 「檻に閉じ込め易いようにしたのは俺だっての。」 「それ言うならきっかけ作ったのは俺様だ!」 「みんなが争ってるうちに奪っちゃおうかな。」 「サイこらてめー!抜け駆けは許さねぇかんな!」 協力していると思っていたのだが、今目の前で繰り広げられているものは何なのだろうか。仲間割れ、とは違う気がする。呆れていると、腕の中のサクラがもがきだす。後ろから抱きしめる形で動きを制する。 「なんでみんな、私のこと追いかけるの?」 サクラのその一言に、言い争っていた男共が静かになる。 「なんで?」 「なんで、ってそりゃ…。」 「サクラちゃんの本命チョコ欲しくて。」 「チョコ?それならあげたのに!」 そこまで言って、俺達は消える。正確に言えば、消えたのは影分身。改めて檻の上に現れた俺達は、男共の驚きの表情を集めることとなる。 「いつから…!」 「みんな私のチョコが欲しかったなら、言ってくれれば良かったのに。…ほら、これ!」 サクラが取り出したのは、綺麗にラッピングされたチョコレートであろう物。それを男共に向かって投げる。男共はその箱を躍起になって取り合いはじめた。 「おい、サクラ。あれ…。」 「ほんとはサスケくんにあげるつもりだったんだけど。ごめんね?」 「…別に。」 拗ねた餓鬼のような反応しかとれぬ自分に呆れた。バレンタインなど、憂鬱になるイベントではないか。甘いものは苦手なのだから、素直にいらないと告げればいいのだ。 「その代わりにね、あげる!」 「は?何を…」 口づけというより、勢いに任せて押し付けられたというに近いそれ。照れて笑うサクラに、胸がきゅう、と締め付けられる。 「…チョコより、いいもんもらった。」 「えへへ。…はずかし。」 一部始終を見られていたことに気づいた俺は、捨て台詞を吐いて、今度こそサクラとその場から消えた。 チョコなんざくれてやる (気持ちは勿論俺で) 20110216 |