「けほっ、けほっ」

さっきから咳が止まらない。苦しいったらありゃしない。咳のし過ぎなのか、風邪の症状なのか、声が出づらくなっていた。少し大きいマスクは、私の顔の半分以上を覆っていた。

(マスクって蒸れるから嫌い…)

マフラーを入念に首に巻き付けて、私は家を出た。もちろん手袋も忘れずに。ドアを開けた途端、冷たい風に震える。

「…!」
「サクラー?休んでもいいのよー?」

心配そうに声をかけてくれたお母さんに、首を横に振る。お母さんがくれたカイロをしっかり握り締めて、私は今度こそ家を出た。

学校について、教室のドアを開ける。なんて暖かいんだろう、と感動すら覚えた。席について、防寒具をとる。すると、いのがこちらに近づいてきた。

「ちょっとサクラ!あんた大丈夫なの?!」
「?」
「おばさんに聞いたの!声出なくなったって…。」

声が出せないから、ルーズリーフを取り出して、その端に小さく記す。

(風邪ひいただけ。すぐ治るよ)

その文字を読むと、いのは小さく息をついた。

「なんか不治の病にでもなったのかと思ったわ。よかったー。あんたと話せなくなったら学校生活味気ないもの。」

すこし茶化して言ういのに、私は思わず笑う。声にはならないけど。

(ありがと)

もう一つだけ付け足す。それを見ていのも、くすりと笑った。

「はいは〜い。ホームルーム始めるぞ〜。」

カカシ先生が教室に入ってくると、みんながばらばらと席につく。出席をとり、私は手のみをあげる。

「あれ、サクラ風邪?」

こくり、と頷く。

「声出ないの辛いね〜。でもほら、マスク、先生とお揃い。」
「!」

私が激しく首を横に振ると、クラスからどっと笑いがおこる。傷付くなぁとかカカシ先生は言ったけど、どこまで本気か分からない。

「大丈夫かよ、お前。」

隣の席のシカマルが、心配そうに声をかけてきた。シカマルは何かと気遣ってくれる。私はさっきのルーズリーフに、大丈夫、とだけ書き、シカマルに見せる。

「ま、俺に移す前に治せ」

彼らしい言葉に、うん、と力強く頷いた。得意げな顔で笑うシカマルを見ていると、なんだか元気をもらった。

「サクラちゃーん!風邪俺に移したら早く治るってばー!」

すこし離れた席から、ナルトが叫ぶ。は、恥ずかしい…!
思わず拳を握りしめると、ナルトの近くの席のいのが、ナルトの頭を叩いていた。

そのまま授業は進み、今は4時間目。お昼に飲んだ薬のせいか、うとうとしてしまう。時折シカマルに起こされては授業に集中し、しばらくするとまたうとうとする繰り返し。

「寝れば?ノートとか解説ならあとでしてやっから。」

首を横に振るけれど、それすら眠気でままならない。それを見たシカマルは、小さく溜息をついた。
それから眠気と格闘しつつ、なんとかその日の授業を終えた。副作用の眠気はなくなったらしいけど、風邪からくる眠気のお出まし。登校した時のようにマフラーを入念に巻いて、手袋をして、教室を出た。

帰宅ラッシュから外れているのか、駅は空いていた。定期券で改札を通り、人もまばらなホームに立つ。眠くて眠くてうとうとしてると、誰かに肩を抱かれた。誰?と思って顔をあげる。

「…!」

サ、サスケくん!?
声にならず口をぱくぱくさせただけになったけど、彼の名を呼んだ。それに気づいたのかサスケくんがこちらを見る。

「危なっかしい。」
「?」
「ふらふらして、ホームから落ちてもおかしくない。」
「……。」

表情が変わらないから、どこまでが本気なのか全く分からない。恨めしそうに睨むと、やっとくすりと笑った。

「冗談だ。」
「……。」
「声、出ないんだろ?」

優しい声色に安心しながら、メモ帳に返答を書く。

(なんで知ってるの?)
「シカマルに聞いた。」
(サスケくんには知らせなくなかったのに)
「なんでだ。」
(心配と、迷惑かけちゃうから)

怖ず怖ずと差し出した手帳の文字を読み終えると、サスケくんは私の目を見つめ、大きな溜息をついた。

「迷惑だと、誰が言った。」
「…?」

サスケくんの言っている意味が分からず、見つめかえす。

「…迷惑じゃないから、頼れ。」
「!」
「ま、大したこと出来ないけどな。」
(そんなことない!その気持ちだけで私嬉しい!)

高鳴る鼓動に比例するように、文字が走る。早く気持ちを伝えたくて、でも声にならなくて。

(ありがとう、サスケくん)
「…感謝よりも先に風邪治せ、馬鹿。」

彼らしい照れ隠し。幸せだと感じたところで、メモ帳にあることを書き、サスケくんに見せた。

(いつまで肩抱いてるの?)
「あー…。お前を家に送り届けるまで。」
(めずらし)
「見舞いだと思っとけ。」
(それなら、しばらく風邪引いててもいいかなぁ)
「治せっつってんだろ。」

彼にしては珍しい態度に少しどきどきしながら、ホームに入ってきた電車に乗った。


20101113



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