恋する黒猫




「服、キツくないか?」
「…普通」

 隣でハンドルを握っているヤツと目が合ったが直ぐに窓の外の祇園を見る。
 コイツは昨日CHU-RINを向かえに来た側近三水酉。俺と年はそんなに変わらない同いか一つ上ぐらい。
 最初目にしたときは人当たりの良い優男だと思ったが違った。まあ裏業界の人間なんて見た目で判断する事態が間違いだとわかってたけど、親が親ならなんとやら。CHU-RINとはまた違ったイカれ具合をしてる。コイツはCHU-RINに対しての嫉妬の固まりだ。
 しかし、スーツなんて初めて着た。見た目や肌触りからして結構値が張るものだと分かる。その高級なスーツも俺の髪から落ちるタオルで拭いきれなかった水によって肩部分がスブ濡れだ。
 家に三水酉が迎えに来てそのまま車でコインシャワーに向かい3日分の汚れを落とした。汚れたまま仕事なんて絶対に嫌だ。今日から仕事が始まるなら気持ちも含め身嗜みも整えたかった、というかそれが普通だ。
 信号が赤に変わり車が止まった。その前を様々な人が移動していく。
 何気無く人が行き交う光景を目にしていると息が詰まった。
 三水が俺の異変に気付き声を掛けたらしいが今の俺には周りの音すら耳に入らなかった。三水は代わりに俺の視線を辿り目を細める。
 ただ歩いている女性に俺は目が離せないでいた。一歩彼女が歩く度揺れる特徴的な長い銀髪。肩に掛けた鞄に添えられた細い指。深く被った帽子によって口元しか見えないが、しっかり閉じられた唇は淡い桃色で。
 彼女の纏う空気も全てが綺麗だと思った。
 信号が青に変わり車が走り出す。懸命に彼女を目で追い掛けサイドミラーに視線を向けた時には既に彼女は人混みへと消えていた。
 もう彼女を見れなくなった事に残念な気持ちを隠せず背凭れに体重を掛け息を吐いた。軽く目を閉じるとまだ目蓋の裏に彼女が鮮明に映し出され自然と口角が僅に上がった。
 誰なんだろう、どんな人なんだろう、何処に行くのだろう、何処に住んでいるんだろう。靡く銀が、白い肌が、細い指が、淡い桃色に色付いた唇が綺麗だった。俺の頭の中はそれで埋め尽くされていた。

「そんなに気になる?」

 運転座席側からの声にはっとし、視線だけをそいつに向け「別に」とだけ答えた。そのように問い掛けた三水は彼女の事を多少は知っているのだろう、俺の答えに間を開けず三水が短い返事を返したが、

「…やっぱウソ」

 彼女への興味に負けさっきの言葉を否定した。三水は軽く笑うと彼女の事を知っている範囲で答えてくれた。

「うちの会が運営してる華道亭の芸妓だよ、名前は桜木桜花。彼女も一応龍獄会の一員みたいだけど、あまり詳しいことは僕にはわからない」
「一応?」
「……、人を捜しているんだそうだ。誰を捜しているのかも彼女を含め関係者以外知られてない。人捜しの協力を求めて龍獄会へ入ったんだと噂では聞いたことがある。どこの組に配属されているのかはわからない、もしかしたら会長の愛猫かもね」
「愛猫?…どういうことだ」

 その言葉に三水は呆れたように俺へ視線を向けると同時に車が停止した。

「彼女に情報を提供するかわりに、会長の下処理をするんだよ。」

 まさかとは思い聞いてみたがやっぱりそうだった。心中で聞いた自分に罵声を浴びせつつ後悔する。
 しかし、彼女はどのように男を誘うのだろうと考えたが直ぐ様その思考を振り払った。改めてそんな色事を考えてしまう自分はまだ子供だと納得してしまいショックを受けた。「後はオヤジに聞きな。ほら、着いたから降りて」

 三水に言われるがまま車から降りると目の前にあったのは其処らに建ち並ぶ建物よりは高さがあるビル。夜だからか重っ苦しい雰囲気がビル全体を包んでいた。
 三水に案内されるがままビル内へ進みエレベーターに乗せられる。上へ上がるのかと思い三水が押したボタンを見ると現在地より下の階を押していた。どうやら地下へ向かうらしい。
 チン、と小気味の良い音が響くと同時に扉が開く。再び三水の後ろを着いていくと、両開きのドアの前で歩みは止まった。
 ドアの上には淡く紫色に光るネオン"Eighty-Six"との文字が浮かんでいた。
 三水がドアを開くとだだっ広いバーがあり室内へ足を踏み入れると酒独特の匂いが鼻腔を抜けた。耳には聴いたことのある洋楽が入ってきた。

「やークロチャンこんばんわー、眠くない?大丈夫?」

 次に入ってきたのはCHU-RINのウザい言葉。相手に分かるよう眉を歪め溜め息を吐いた瞬間左の爪先に激痛が走る。足元を見ると三水の右踵が俺の爪先を力強く踏みつけていた。

「調子に乗るなよ新入り」

 三水が言葉を発すると同時に足を引き彼から一歩下がる。
 こいつの前ではCHU-RINに歯向かうのは止そうと心に誓い、また源吉からの言葉を思い出し、改めてその言葉に深く頷く自分がいた。







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