素直になる黒猫
「…えい…り?」
辿々しく組を口にするとCHU-RINが目を細める。CHU-RINの初めて見るその表情に変な感覚に襲われたが、それよりも龍獄会なのに叡李組とはどういうことだろうか。CHU-RINを見て固まっていると、俺が悩んでいることに気付いた源吉が口を開く。
「ちぃとばかし組織がデカくなってまうと、組織内の幹部等は自分のグループを持つようになるんや。せやから組長といっても稀に『龍獄会系、なんとか組内なんとか組組長』とかみてぇに構成員4、5人位の小規模な組があったりすんねん」
「…っつぅことは」
源吉が会社と同じとか言ってるけど、俺が言いたいことはそうじゃない。源吉から教えてもらった今の言葉とさっきCHU-RINが言った言葉。
「クロチャン今焦ってるでしょお。にひゃははは!!でも気にしなくて良いから、俺も全っ然気にしてないし」
嘘だ。少しだけ源吉に寄り添うとまたCHU-RINが笑い出す。だけどそんな上のヤツがウロチョロと動き回って良いのだろうか。確かCHU-RINが家に来る前俺がバイトすると言った瞬間、源吉は祇園は荒れているとかなんとか言っていたはず。 一通り笑い終えたCHU-RINは俺を穴があくほど見てくる。なんだと思い仕方なく俺もCHU-RINを見た。
「クロチャンさぁ、もぉそろそろ呼んでくんない?」
「…は?」
何を呼べと言うのかこの男は。眉を寄せるとCHU-RINは自分を指差す。まさか名前?
「一度も呼んだことないよねぇ俺の事。口を開く度源吉源吉。」
「…ぅ」
そう指摘されると何とも言えない羞恥に駆られる。当の本人は「名前呼ばれたことないんかお前」とか少し哀れみを込めた視線をCHU-RINに向けていた。
「にひー、なぁんか恥ずかしいみたいでさぁ、ほんっと可愛いんだからあ」
「わはは!!恥ずかしがりやなぁ翼」
「…ちがっ」
「じゃあ呼んでよ」
ぴしりと固まる、言えない。CHU-RINのことが嫌いすぎて名前を呼ぶことさえ悪寒が走ってしまうなんて言えない。源吉、アンタは今まで俺の何を見てきたんだ。
俺がCHU-RINのことが心底嫌いだと何回か話をしたこともあるぞ。というか言わなくても雰囲気で分かるハズだろ源吉。
じとりと源吉を見やるが通用しなかった。重い重い溜め息を吐いて、次からは呼ぶようにすると伝えた。CHU-RINは納得がいかないといった顔をしたが渋々了承してくれた。
ふと窓を見るとオレンジ色だった空が黒一色になっている。それに気付いたCHU-RINはジーンズの後ろポケットから携帯を取り出す。
「クロチャン早速だけど、明日の夜迎えに来るから家にいといてね」
「…明日から、か」
携帯を操作しながら用件を言うとソレを耳に当て、暫くすると携帯から微かにだが男の声が聞こえだした。
「あ、もしもーし。話終わったから来てくんない?」
電話するCHU-RINを見て誰と話しているんだと源吉に問えば。
「ああ、三水酉っちゅーCHU-RINの側近や」
「三水ってまた変わった名前だな…」
「まぁ本名ちゃうし、多少は違和感あるかもやなぁ、まだ若い餓鬼や。お前と二つ三つしか違わんとちゃうか?」
軽く話を聞いてCHU-RINの方に目を向けると、携帯をジーンズに仕舞っていた。
「何?クロチャン酉が気になる?」
電話してたのに何で俺らの話を聞いてるんだよ変態、ちゃんと側近の話を聞いてやれよ。とかなんとか心の中で悪態を吐く。コイツが幹部と知ってしまえば、下手にこれから文句を言えないのがこの上なく腹立つ。
「いや別に。」
「素直じゃないねぇホント」
俺の頭にCHU-RINの手が置かれくしゃりと撫でられる。反抗しないとか笑いながら言う変態に心底ムカついたが撫でる手があまりにも優しくて驚いた。
じっとしてそのまま手を自由にさせてやると眠気が襲ってくる。
今日はあまりにも濃すぎる一日だった。まさか源吉の一言をCHU-RINが真に受け、ソイツの独断によって始まってしまったテスト。
そのイカれたテスト内容のせいで性的被害を受けた俺。二度と変態に近付くものかとこっそり決心した筈なのに、今となってはその変態の下で働く事になるなんて、本当に世の中変わってる。
「…CHU-RIN」
小声で名前を呼んだが、俺の声は二人の他愛ない会話によって掻き消された。
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