まだ大丈夫…


まだ、大丈夫……

 
まだ…大丈夫……


まだ―――――……





=== 零れ落ちる ===





「10代目?」

「―――……ぁ、」


天井 白 並盛中央病院

聞こえたのは、いつもの声


「獄寺…くん…」


自称右腕・獄寺隼人

 
「心配したっス10代目」

「うん、ありがと」


対骸戦後の病院

ここは大部屋

入院して、7日

綱吉は全身の筋肉痛で動くことができない

隼人も怪我や副作用でまだ腕は点滴と繋がっている

 
「獄寺くんこそ、大丈夫なの?」


大部屋にいるのは比較的怪我の少ないもの

今は寝ているが山本武もいる

 
「俺なら大丈夫ッス!」


そういって力瘤を作ってみせる

それにクスクスと笑って天井を仰ぐ

入院して早一週間

ふたつ隣の個室には雲雀恭弥がいる


「……ヒバリさんも…大丈夫かな…」


小さい呟きは静かな病室でよく聞こえた

隼人は苦い顔をして綱吉を見る

綱吉が恭弥の心配をするのが気に喰わないのだ

 
「あいつは…まだ目を覚まさないそうです」


だからといって、知っていることは教えたい

綱吉がどれだけ恭弥を心配しているのか、知っているから…


「……そっか」


寂しそうな、声

心配そうで今にも泣き出しそう

それでも綱吉は涙を見せない


まだ大丈夫…

まだ……


「動けるようになったら…お見舞いに行かないと…」

「そうっスね…」


薄く微笑みながら言う綱吉に隼人が勝てる訳が無い

そう思ったのは眠ったふりをしていた武も思ったこと


「みんなで早く退院して…学校、行こうね」 

「―――はい!」


昔の綱吉だったら、進んで学校に行こうなどとは言わなかっただろう

でも今は違う

大切な仲間がいる

 
「……大丈夫」


まだ…大丈夫








あれからまた、一週間…

まだ…大丈夫…

そう、思えるから……




ココン コン… 扉を叩く音

この叩き方は…


「どうぞ…」

「失礼します」


ほら、やっぱり…

沢田綱吉

僕の…


「お久し振りです、ヒバリさん」

「そうだね」


僕の…大切な仔


「退院できるんだ」

「はい…っていうか、俺の場合筋肉痛ですから…」

「怪我が無いのは、何よりだよ」


そういう恭弥はベッドに横になったまま

いつもなら、上半身を起こして目線を同じくして話をするのに…

それだけ、傷が酷いということ


「ヒバリさんは…いつ目を覚ましたんですか?」

「2,3日前だよ……まったく、あんな奴相手にこんなことになるなんてね…」


屈辱以外のなんでもないよ……

 
口には出していないが、恭弥が言いたいことが良く解った

 
「ヒバリさんが生きていてくれて、俺は嬉しいです」
 
 
そういうと綱吉が近くにあったお見舞いのものであろうりんごをとって果物ナイフで丁寧にむき出したやろうと思えば…綱吉はなんでもできる…

 
「うさぎね」

「はい」


恭弥の注文にも、ちゃんと答えられる

『ダメツナ』と呼ばれているが、実際…やろうと思えば何でもできる

やらないだけ

やる気になれないだけ…

現に、死ぬ気になればどんな相手でも倒してしまう

隠しているつもりは無い

やる気が無いだけ…


「できました」

「…食べさせて」  


腕、まだ動かすと痛いんだよね


そういう恭弥の腕には包帯が何重にも巻かれている

左腕は点滴とも繋がっていて、痛々しい…


「じゃぁ、あーんしてください」


そういいながらウサギの形をしたそれをフォークで刺して恭弥の口元に運ぶ

恭弥は恥ずかしげもなく、りんごの端を齧る


「…でも腕が動かないんじゃ…まだ退院は先ですね…」

「大丈夫だよ、あと一週間もすれば学校にもいける」

「学校といえば、山本は一昨日からもう部活に参加してますよ、秋の大会も近いし」

「ふぅん…」


そういってもう一口、りんごを口に含む

今や、うさぎの形をしていたなんて痕跡は無い…

恭弥の歯型が付いているだけ


「綱吉も食べなよ」

「これ、ヒバリさんが食べ終えてからで」
 
「…いいよ、それ食べても」

「え、でも…」

「僕の言うことが聞けないの?」

「……じゃぁ、ありがたく」


そういって残り半分のりんごを口に含む

お皿の上にはうさぎが4匹

 
「綱吉はいつから学校行くの?」

「できれば、明日からでも…でも…毎日来ますから、ここに…朝も、放課後も…きますから…メェルもしますから…」 


彼方が寂しく無いように、自分が寂しく無いように…

いつも、そばに入れるように…そばにいられるように…

まだ、大丈夫…

まだ――――…
 
言ってはダメ

言ってしまいたい…

でも、それを言ったらきっとあなたは、俺の望みを叶えようとしてしまう

それは…俺のわがまま…

まだ、大丈夫…

言っては―――――――――…

 
「…たくない」

「…」

「離れたくなんか…ない…」

 
小さな呟きは、二人しかいないこの個室内によく聞こえた


「本当は…この二週間…逢えなくて…すごく、寂しくて…早く、逢いたくて…ずっと彼方を思ってて…」


言っては…ダメなのに―――…

そんなこと…そんな、わがまま―――


「彼方の存在が…俺の中でどんどん大きくなっていくんです」


いつからだろう…

解らないけど…

きっと、始めから……


「俺は…弱くて、やる気に、なれなくて…何をやっても…楽しいとか、思えなかったのに……」


あなたのそばにいるだけで…そう、思えるようになったんです










どうして人は幸せになれないんだろう

どうして人は幸せなんだろう

どうして人は幸せを望むのだろう

どうして人は幸せなのだろう
 
わからない わからない わかりたくない

知ってしまえばそれは、幸せへの渇望



心 ゆらゆら 張り詰めた思い 

言ってはいけない この想い

言ってしまえばそれは…絶望への扉


「彼方がいてくれたから、頑張ろうって思えたんです…」


この人と出逢ったのは、入学式のとき

校内で迷って、いつの間にか校舎裏に来ていた俺が最初に見たのは…

舞い散る桜の下…血を流して倒れている数人の生徒と、佇んでいる黒髪の少年

怖いとか…そういうのは全然沸いてこなくて…

ただ、単純に… 

桜の花びらが舞うその場所で佇む彼方が綺麗だと、思った


『何…?』


風が強く吹いて、花びらが舞った


『ぁ…』


振り向いて、俺をみる彼方は… 


『君、進入生?体育館は反対側だよ』


とても…美しいと思った
 
入学してから、少したって…授業をサボって屋上に行くとあなたがいて…

 
『また君?』

『こんにちは…ヒバリさん』

 
俺は、この人の名前を知った

クラスでいろいろと話している人間がいたから…


『へぇ…僕のこと、知ってるんだ』

『有名…ですから』


そう、この人は有名だった

風紀委員長 雲雀恭弥

最強にして最悪の不良

 
『じゃぁ、僕が今…何を考えているか…わかるよね?』

『サボっている罰をを受けろ…ですか?』

『ワオ 解ってるんだ』


そういいながらどこからか仕込みトンファーを構える

あの時と同じ

俺もあいつらみたいに無残に転がるんだと思ってた


『でも、気が変わったよ…君は咬み殺さないであげる』 


驚いた
 
この人は、嫌いな人間は容赦なく土に還したと聞いた

 
『君みたいなの…嫌いじゃないよ』


嬉しかった

純粋に…そう思った

それからだ

俺が良くサボっては屋上に行くようになったのは…

彼方は必ずそこにいたから…


「最初は…憧れていたんです…」

「僕に…?」

 
怪訝そうに眉を顰める

しかし、話を妨げるようなことは決してしなかった


「強くて…みんなが知っていて…でも、いつも一人で…それなのに、彼方は全然弱いところを見せようとはしなくて…」


俺には無いものを持っていた―――


無気力で、何事にも不真面目で…生きているだけでなにもしようとしなかった

でも彼方は違った

一人でも、自分のすることをきちんとしていた

例えそれが人を傷つけることだとしても、自分の強さを表していた

 
「俺には絶対にできないことを…あなたはしていた…」


そんな彼方に憧れたんです

憧れて…隣にいられるようになって…それだけで、幸せだったんです

でも、今は…


「今は、離れたくない…ずっと隣にいて…俺だけを見てほしくて―――…」


変だ…俺…

男の癖に…彼方がすごく…


「すごく…好きなんです」


愛しくて…愛しくて…仕方が無いんです…






「―――っ、すみません……気持ち…悪いですよね…俺」

「―――…」


恭弥が驚いた表情をしていたので、綱吉は謝った

しかし―――…


「そんな…こと、ない」

「ぇ…」

「そんなこと…ありえない……」

「―――…っすみませ」

「どうして」

「え…?」

「どうして…僕が言いたかったことを…先に言うの…」


そっぽを向いていう恭弥の表情はわからない

でも、自分は確実に…


「僕だって…綱吉のこと好き、なのに」


頬が紅くなっていく

体中の熱が顔に集中してしまったかのように


「ヒバリさん…?」

「好きだよ…綱吉」

 
こっちを向いて微笑む彼方

涙が…零れた


「どうして泣くの…泣かないでよ…綱吉」

「だって…俺…っ」

「何…不満なわけ…?」

「ちが…―――っ!?」

 
続きが、声にならなかった

唇を塞がれていたから…


「―――…っ///」

「ワオ 顔が茹蛸みたいだよ?」

「―――…っ!ヒバリさん…腕っ」

「あぁ…」


キスされた

その時、頬を包んだその手

動かないとさっき言ったばかりなのに…


「あれ、嘘だから」

「え…」

「綱吉に食べさせてもらおうと思ってね…」


それでも、傷口が開いたのか血が滲んでいる

別段痛くもなさそうな恭弥の表情

しかし…


「ヒバリさん!血が…っ」

「大丈夫だよ、コレくらい…」

「ダメですよ!ヒバリさんは絶対安静なんですから……っ看護士さーん!!」


傷が開いて、痛くないはずが無い

恭弥は痛いとか、そういうことを言わないから…


「綱吉…大丈夫だから…」

「ヒバリさんが大丈夫でも…っ俺が大丈夫じゃないんです!」


だって彼方の痛みは、俺の痛み

いつだって、そう

これからも…そうでありたい


結局、看護士が来て傷口に薬をつけると包帯とガーゼを取り替えていった

心配そうに何度も何度も「痛いですか?ヒバリさん」と、涙ながらに訊いて来る綱吉に半ば苦笑しながら「大丈夫」と答える恭弥

それでも、綱吉は涙を止めることはなかった

看護士が出て行った後も、何度も何度も痛いところは無いか、と訊いて来る綱吉にこそばゆい気持ちになる


「僕のこと…こんなに心配してくれるのは君くらいだろうね」

「そんなことないですよ!!」

 
他愛も無い話をして、その日はすぎていった




そして…




「ヒバリさん、忘れ物は無いですか?」

「大丈夫だよ、行こうか」


退院の日、小さな荷物を持った、同じ学校だけどだけど違う制服を着た二人組みが

手を繋いで病院を後にした