「どーしたの、綱吉だったら今――…」

「お前に、話がある」

「……僕?」


やけに真剣そうな隼人を怪訝そうな表情で見返す


「…………」

「なに、早くしてよね」

「お、俺!」

「?」


俯いたままそう言う

相変わらず怪訝そうに首を傾げる


「俺、お前のことが好きだ!」

「―――…」


静かな廊下に隼人の声が響いた

信じられないものでも見るように恭弥は目を見開く


「なに、を…言って」

「好きなんだよ、お前のことが……」

「意味解って言ってるの、僕は…」

「そんなこと解ってる!」

顔をあげた隼人の瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいた

しかし反対に表情は悲しそうに歪んでいた


「お前が10代目しか見てないことも、10代目もお前しか見てないことも!」


俯いて拳を握り締めてもなお、続ける


「解ってるなら…」

「それでも…っ」


今にも泣き出しそうな声で隼人は唇を噛む

悲しそうな表情で恭弥はそれを見る


「頭では解ってんのに…理解してるつもりでも、お前を好きだって思うんだよ……っ」


わがままだって解ってる

こんなの伝えられた方が困るのも解ってる

それでも伝えなきゃ気持ちはおさまらない

どうしても、と心が騒ぐ

そんな―――衝動…


「……なるほど、ね」

「――…っ」

「君も、そうだったんだね」

「なに、を…」

「なんで君達はそうやって…簡単に人の心をぐちゃぐちゃにできるの」

「―――…俺、は」

「悪いけど、君の気持ちに応えることはできない
…それを承知でここに来たのなら尚更、ね」


自分のことしか考えていない人間に人を好きになる資格なんかないよ

そう、恭弥の瞳が言っているような気がした

隼人は俯いたままなにも言わない

自分の心はこれで晴れただろうか

踏ん切りをつけたくてここにきたのに…

逆に心に先の見えない靄が残っただけのような気さえする
 


「話はそれだけかい…?」

「…俺は、お前と10代目が幸せになるのを願ってる」

「――…っ」


いきなりの隼人の言葉に踵を返えそうとしていた恭弥は動きを止める


「矛盾してる考えだけどよ…俺はやっぱりお前が好きだし、10代目も大切なお人だ
だから、お前と10代目なら応援したいって思えるし、実際応援してる
だからよ…絶対に別れたりするんじゃねぇぞ」


思いがけないその科白はすっきりとした表情で紡ぐことができた

恭弥はそれを聞いて驚いた表情だったがすぐに皮肉気ひ片目をすがめて鼻で笑う


「はっ 言われなくても手放す気なんてさらさらないよ」

「……そか、じゃーいいや吹っ切れた」

「だいたい、僕と綱吉の中を引き裂こうなんて誰にもできないよ」

「確かになぁー」


そう言い合うと顔を見合わせて吹き出した

なにがおかしいのか解らないけど何故か笑えた


「じゃーな、俺は帰るぜ」

「さっさと帰れば」

「ひでぇなその言い方」

「当然」


そういわれると背を向けて隼人は歩きだす

応接室の扉に背を預けてふと思い出したように学ランのポケットを漁る


「獄寺!」

「は…ぁ?」


いきなり眼前に飛んで来たものをぎりぎりでキャッチした


「さっきの資料整理のお礼」


そう言って投げられのは透明な袋に入ったオレンジ色の丸い飴玉

掌の上でころんと転がる飴玉を見て隼人は口許を笑みの形にした


「安…」

「相応だよ、仕事は早いけど雑すぎ」


そういうと応接室のドアノブに手を掛ける


「また手伝ってよね」

「――…暇だったらな」


それは恭弥なりの心遣い

頭ごなしにフってもいいことがない

しかも応援してくれるとあれば尚更

完全に応接室の扉が閉められた後、隼人は大きく伸びをした


「―…っし!」


完全に吹っ切れたような爽やかな表情で教室へと歩いて行った




「……大丈夫?」


隼人の足跡が聞こえなくなったところで恭弥が呟く

目の前にあるソファーに座っている綱吉は青い顔をして桶に向かって吐いていた

ゆっくりと恭弥に顔を向ける


「大丈夫、です」

「嘘、なにか言いたいことがあるならなんでも聞くから…ね?」


明らかに憔悴仕切っている綱吉に近付いていく

背中を擦って全部吐き出させてから綺麗な濡れタオルで口許を拭う

隣りに腰を落ち着けると綱吉の肩を抱き寄せた


「大丈夫だから…綱吉」


その言葉に今まで溜め込んでいた涙が一気に溢れてくる


「お…れ……山本の気持ちに気付けなくて……っ」

「綱吉は悪くないよ…僕も気付いていたのになにも言わなくて、ごめん」


やはり、恭弥も知っていたのかと綱吉はそこで確信する

だから武と逢ったあとの恭弥は機嫌が悪かったのだ


「俺、恭弥さんが大好きです…だから山本の気持ち、応えられなくて、怖くて、逃げて……っ」


先ほどの恭弥と隼人の会話を聞いていたのだろう

だから尚更なにも言えなかった自分が悔しい

あそこでキチッと返事をしていたらあんなことはなかっただろう

それを考えるとすごく悔しい


「きょ…やさんは、あんなにちゃんと返事できたのに…俺はなにもできなくて……っ」

「……綱吉はよく頑張ったよ?それなのに自分を卑下するのはよくないと思う」


素直な恭弥の言葉にしゃくり上げる綱吉

あと少しのところで逃げ出せた自分を褒めてやりたくなった

もしあの時恭弥の名前を呼んでいなかったら恐ろしい結果に終わっていただろうと思うとゾッとする


「…やっぱり、恭弥さんは俺の――…」

「…綱吉?」


微かな寝息が聞こえてきた

緊張がとけたからか、とても幸せそうな寝顔の綱吉に思わず微笑んだ


「………頑張ったね」


そう呟いて綱吉の頭を撫でる

寝やすいように膝の上に頭を乗せてあげたのち自分も目を閉じた




「お帰り」

「……おぅ」


教室に戻ると自分の席についている武の姿

本当に待っていたようだ

半ば呆れながら隼人はその隣り――自分の席に座った

綱吉の後ろの席で武の左隣りの席

そこが隼人の席だ


「吹っ切れたって感じだな」

「おぉ、ちゃんと告白したあと、二人のこと応援してるって言ってやったぜ」

「……そか」


それは武にはできないこと

やっぱり綱吉のことが好きだし、恭弥のことは気に食わない

でも、それで良いのかもしれない

恭弥は許さないといった

許されないのならこのままずっと今までと同じで良いのかもしれない

それは現状を変えたくないと思うただのわがままかも知れない

でも…それで、いいんだ


「まずは、ツナに謝んなきゃな」

「さっさとしろよ、ファミリー内で啀み合うなんてごめんだぜ」

「ははっ確かになー 家族は仲良くなくちゃな」


だから、その大黒柱たる綱吉にきちんと謝らなければならないだろう

綱吉が今までどおりに接してくれるかは解らないけれど…

謝らなければその分いつもどおりではなくなる


「けじめ、つけなくいとなー」


すでに時刻は6時になろうとしている

夕陽が教室を紅く照らしている

明日、謝ろう

学校に来てくれることを願って





「―――……ん」

「あぁ、おはよう綱吉 良く眠れた?」

「あ、恭弥さん…おはようございます……ここどこですか?」


目を覚ますとそこはいつもの自分の家でも、ましてや恭弥の家でもなかった

かすかに鼻を突く薬剤のにおい…


「保健室、昨日あのまま起きなかったから学校に泊まったんだよ」

「…っ!!」


ばっと起き上がるとそこはよくサボり場所に使っていた保健室

保険医として赴任しているシャマルはまだいない

ケータイの時計を見ると時刻は昨日から一日たった午前5時半

まだ教師はおろか、朝錬の生徒もきていない


「さっき草壁が着替えと朝ごはん持って来てくれたけど、先にお風呂はいるかい?」

「え。学校に風呂なんてあるんですか?」

「当直室にあるよ」


少しだけ驚いた表情の綱吉に、恭弥は苦笑をもらす

ベッドからおりた綱吉に着替えを手渡す


「じゃぁ、行こうか」

「はい」


手を繋いで廊下を歩く

誰も居ない朝の校舎はなんか新鮮だ

当直室、と書かれた部屋には確かに風呂が存在してきちんとお湯も出る

それに綱吉が感動していた


「学校って凄いんですね」

「クス…そんなに感心することかい?」

「今まで知らなかったですから、すごく」


浴槽は少し狭いけれど二人で入れる大きさだった

すぐに湯を張る


「二人じゃきついですから恭弥さんお先にどうぞ」

「何言ってるの」

「うゎっ」

「こうすれば狭くないでしょ」


そう言って綱吉を腕の中に収める

背中越しに恭弥の鼓動が伝わってきた


「…恭弥さん」

「なに?」

「昨日は、ごめんなさい」


恭弥以外の人間にキスされたのは初めてだったし、あと少しでヤられるところだった

これから何があっても恭弥にしか身体を委ねたりはしないと思っていた綱吉にとっては

昨日のことは恭弥への冒涜だ、と思ってしまうのだ


「不可抗力だよ、綱吉が無事だったんだからもう良いよ…忘れて」

「…でも」


お湯に鼻下までもぐる

ぶくぶくと息を吐き出して泡をたてる

なんとなくその後姿が可愛くて笑えた


「何で笑うんですかぁ…」

「うん?可愛いから」

「〜〜〜またそうやってからかって…」

「からかってなんていないよ」

「へ……っ」


不意に顎に手を当てられて首だけ後ろを向かされる

恭弥の顔が近づいてきてキスされた

ちゅっと小さい音を立てて唇が離れた


「綱吉、愛してる」

「……お、れも…」


後ろからぐっと抱き締められる

その温度が心地よくて、優しかった


 

「本当に一人で大丈夫かい?」

「はい…」

「もし何かあったらすぐに獄寺の後ろに隠れなよ、意外とあれは役に立つから」

「そぅ、ですね…そうします」


昨日の一件をものともせずに恭弥は隼人の名を口にする

綱吉はそんな恭弥に憧れを抱く

自分も、そうなりたいと思える


「そろそろみんな登校し終えたんじゃないかな」

「遅刻者が居なければ、ですけどね」

「あぁ、そういえば今日も取締りの日だったね…まぁそっちは草壁達が何とかしてくれるからいいか」

「草壁さんにも、あとでちゃんとお礼言わないと」


昨日のあの毛布やタオルなどを用意してくれたのが草壁だと知った綱吉は

草壁が副委員長な訳をほんの少し理解した

何も言わなくても、恭弥が飛び出していったと同時に資料の片づけからこれから必要であろうものをそろえてくれたのだから…


「それじゃぁ恭弥さん」

「うん…いってらっしゃい」


応接室の前で別れる

手を振って見送ってくれた恭弥

本当は教室までついていきたいのだろうその気持ちを抑えているのがわかる

だから、心配させる訳にはいかない

これは、自分の問題なのだから…