(えー…っと教科書教科書は…っと)


教室について机の中を漁る

今日は何の教科を教えてもらおう

ここにきてそれを考えていなかったことにはっと気付いた


(うわぁー…馬鹿だ俺、なにも考えないで来ちゃったよ…早く戻らないと草壁さんに迷惑が…)


唸りながら綱吉は今日の授業内容を思い出していた

そこに教室に入ってきた一つの影


「よっし、今日は数学にしよう!」

「―――…ツナ?」

「ぇ?」


そこにいたのは山本武

綱吉は少し驚いた表情を見せたがすぐに頬を染める

一人でぶつくさ言っている場面を見られたと思って赤面したのだ


「あ、はは…部活終わったの?」

「うんにゃ、ちょっと忘れもん」

「あ、じゃぁ俺と一緒だ」


そう言って綱吉は数学の教科書を見せる


「最近ツナ、勉強熱心なのなー」


にかっと笑って自分の席に近付いていく武

武の席は綱吉の右斜め後ろだ


「うん、恭弥さんがいつも教えてくれるから、なんか楽しくなっちゃって」

「………」


その言葉に武の動きが止まった

しかし綱吉からは死角の位置にいるのでそのことに気付いていない


「恭弥さんに教えてもらってからなんか頭良くなった気がするんだよねぇ」


本当に幸せそうにいうものだから武はなにも言えないでいた

しかし逆に何も言わない武を不思議に思って綱吉は武を振り返った


「山本…?」


呼び掛けるとゆっくりと顔をあげる

その瞳には何やら言い知れぬ光りが宿っていた


「や、まもと…?」

「なぁツナ、ツナは気付いてないと思うけど……俺、お前のこと好きなんだぜ…?」

「……………ぇ?」


その言葉の意味がよく解らなかった


「え…と………あの、山本」


だんだんと綱吉に近付いていく

それに比例して綱吉も後退していく

机が邪魔してときどき転びそうになるが、なるべく武から目を放さないように心掛ける

目を逸らせば、やられる

どんっという音とともに背中に鈍い痛みを感じた


「俺、ツナのこと好き」

「やま――」

「ずーっとさ、好きだったんだぜ?」


綱吉は怖い物でも見るように武を見る

背中が壁に当たって逃げられないことを主張していた

だんっと耳元で何かが通り過ぎ大きな音がした

武が両手を壁に叩き付けて綱吉を完全に閉じ込めていた


「や、やまも――…」

「好きだ」


その目は声は表情は嘘偽りを言っているものでも、ましてやふざけて言っているものでもなかった

武の言っている「好き」がどういう意味なのかを理解して綱吉は蒼白になる

今目の前にいるのは、親友ではなく一人の人間だった


「なぁツナ…なんであいつなんだ?」

「や――…」


名前を呼ぼうと声を出そうとするが怖くて出なくなっていた

それを知ってか知らずか、武は綱吉の両肩に手をおいて強く握りしめる


「ぃ…っ」

「ツナ…」

「ひ………んっ」


突然唇を奪われて綱吉はなす術もなかった



 


「ご苦労様です、委員長」

「草壁…?」


応接室の扉を開いて中に入るとそこには草壁だけだった


「綱吉は…」

「忘れ物を取りに教室へ行ったのですが…まだ帰って来ていません」

「―――…っ」


その科白に恭弥は嫌な予感がした

背筋をかけあがるようなその予感は次第に大きくなる


「いつ行ったの」

「たしか…10分ほど前に……」


瞬間恭弥は応接室を飛び出した

それに一瞬驚くも事態を理解したのか草壁の血の気が下がった


「まさか……なにかあったのか…」


こんなことなら綱吉について行くべきだったと草壁は後悔したのだった







「ゃ…やめ……やまもと…っ」


ワイシャツのボタンが無理矢理引き千切られたように数個転がっていた

無理矢理はだけられたワイシャツから覗く白い肌

冷たい床に押し倒された綱吉の鎖骨に昨日恭弥に付けられた紅い跡が目立つ


「これ、全部ヒバリが付けたんだよな…」

「ゃ…っ」

両手を頭の上で床に縫い付けられていて身動きがとれない

舐めるように白い肌を見ている武の瞳にはいつものような暖かさはどこにもなかった

そしてゆっくりとズボンのベルトに手を掛けられる


「ゃ…め、やめ…」

「悪ぃなー…もー我慢できそうにねぇんだ」

「ひ…っぁ!」


綱吉のソコに自分のソレをあてがった


「や、やめ…止めて……っ」

「なんで?いつもしてるんだろ?」

「ゃ……やぁっ!た、たすけ………助けて、恭弥さ……っ」


今にも消え入りそうな声で呟いたそれは今一番聞きたくない名前

不意に武の動きがとまった


「………っ?」

「なんで…なんで俺じゃ、ダメなんだよ」


腕を拘束していた力が弱まった瞬間に綱吉は武から離れた

無理矢理はだけられたワイシャツを皺になるのも気にせず胸の前で強く握り締めた

目を閉じて心の中で想い人の名を呼びながら…


「…やっぱり、俺じゃダメなのなー」


綱吉には聞こえない消え入りそうな声で悲しそう呟くのはいつもの武だった


「綱吉…っ!!!」

「「――…っ!」」


その時教室に飛び込んで来た恭弥に二人は即座に反応した


「恭弥…さ……」


涙を流しながら恋人の姿をみると安心したように悲しそうな笑顔のまま頽れた

それを寸でのところで受け止めて恭弥は綱吉を抱き締める


「――…ごめんね、一人にして…」


綱吉の耳元でそう呟く

すでに意識を手放している綱吉にその言葉は届かなかった

横抱きにしてから恭弥は立ち上がる


「君、最低だね…まさかこんなことするなんて思ってなかったよ」


振り返ることなく背中越しに放たれたその言葉


「許さないから…この子をこんな風にしたこと…たとえこの子が君を許しても―――僕は、許さない」


憎悪と苛立ちとか入り交じったその言葉の一つ一つが呪詛のように紡がれた

そのまま恭弥は綱吉を連れて教室を後にする

ただ一人、うなだれている武を残して…



   腕の中で眠る恋人を見て恭弥は後悔していた

どうして一人にしてしまったのか

どうしてあいつには近付くなと言っておかなかったのか

いくら後悔しても、すべては終わってしまった事実

今はこの子を…


「委員長」

「――…草壁?」


いつの間にか応接室の前まで来ていた恭弥を草壁が迎え入れる


「資料はすべて片付けておきました………沢田を一人にしてしまって、申し訳ありません」


そう言って頭を下げる草壁に恭弥は一瞬驚いた

しかし、すぐにこういった


「君のせいじゃ、ないよ…」


そう言うと応接室に入る

あれほどあった資料はすでにどこにもなかった

代わりに毛布が数枚置かれていて、テーブルの上には桶が二つ

片方には少し湯気のたつ微温湯が入っていて、片方には何もない

微温湯の入った桶にはタオルがかけてあった


「――…自分はこれで失礼します」

「あぁ…ありがとう、草壁」


少し驚いたような表情をした後、恭弥の腕の中にいた綱吉を一瞥して草壁は応接室をあとにする

心遣いに感謝して毛布がしかれたソファーに綱吉を横たえた

その上からもう一枚寒くないようにかけてやる


「――…ごめん、綱吉」


一人にして

遅くなって

黙っていて

怖い思いをさせて

なにもできなくて


「――…っ」


――ごめんね、綱吉…


   「あぁ…?」

「……獄寺?」


教室の扉を開けようとすると武が出て来た

隼人は少し驚いた表情で武を見上げる

悔しいが隼人より幾分が身長があるので自然、見上げる形になるのだ


「何してんだよ、お前」

「――…やっぱり、無理だよな」

「はぁ?」


いったい何を言っているのか知らない隼人は訳が解らないとでも言いたそうに教室に入る

彼もまた忘れ物をとりにきたのだ


「――…ボタン?」


床に散らばるボタンは制服のワイシャツのものだと解る

そして先ほどの武の言葉


「――――…っ!」


だんっと大きな音をたてて武の胸倉をつかんで壁に叩き付けた

意気消沈とでもいいたそうな武の目を見て確信する


「テメェ…っ!無理矢理10代目を…!」

「………ツナに悪いことしちまったな」

「何考えてんだテメェは!そこまで腐ってるとは思わなかったぜ!」

「…………自分でも」

「あぁ?」

「自分でも、なんてことしちまったんだろーって思ってる…
でもツナが一人でここにいたのを見た瞬間に頭が真っ白になって気がついたらあんな……」


あんなこと…するつもりだった訳ではないのに

ただいつも隣りで友達としていられれば良かったのに

もう二度と取り返しのつかないことをしてしまった


「後悔してんだったら素直に謝ればいいだろ…10代目は優しいからな」

「……でも、あいつが許さないだろーな…」


恋人をあんな風にされて恭弥は一生武を許さないだろう

許して欲しいとも思わない

それだけのことをしたんだと自覚しているから


「……あいつは、な…」


きっと隼人が恭弥に告白したとしても同じような反応が返って来るだろう


「やっぱり、無理なんだよなぁ」


その人にはすでに大切な人がいて、自分のことなど見ていない

頭で解っていても解っていても、心は正直だ


「なんでそんなの、好きになっちまうんかなー」

「山本……」

「ま、気持ち伝えられて俺はすっきりしたぜ?お前も、けじめつけて来たらどーだ?」


真剣な表情で武がいう

けじめ=踏ん切りがつく、という方程式をくみあげた隼人は眉間に皺を寄せる

しかし、始めから気持ちを伝えようとは考えていなかった隼人は困惑気味だ


「好きだーって言えばいいんじゃね?」

「ばっ!そんな恥ずかしいことできるか!」

「そーかぁ?わりとできるもんだぜ?」

「この単細胞が…」


天然だからこそできるのだろうそれは簡単なようで難しい

とくに隼人のようなツンデレにはできそうもないことだ


「くそ…こーいうときお前のその性格は役得だよなぁ」

「そーか?」

「褒めてねぇ!」


先ほどまでのシリアス展開なんか嘘のように武は笑っていた

本当に吹っ切れたのだろう

それを思うと隼人もいい加減に踏ん切りを付けたいところだ


「………いっちょ、いってみっか」

「お、マジ?」


何となくやる気になったのか隼人が真剣な表情になる

それをみて武はにっと笑った

「じゃーいってこいよ、俺ここで待っててやっから」

「なんで待ってんだよ」

「いーじゃねーか 俺だって結果見届けるくらいしたいし…それに一人はきついぜ?」

「………」


ふられて帰ってきたら慰めてやる、とでも言いたいらしい

隼人は素っ気なく武を一瞥すると踵を返した


「じゃーいつまでもそこで待っていやがれ、この野球馬鹿」

「――…おぅ」


素直じゃないところは治りそうもないなと何となく思う武だ

人のことを言えたたちではないのだが

隼人は教室を出ると応接室までの道程を駆け出した



 
「………」


未だに眠っている綱吉の看病をする

草壁が用意してくれていた桶に入った微温湯にタオルを浸して綱吉の額にのせる


「……?」


不意に恭弥は扉をみる

立ち上がりドアノブに手を掛け廊下にでた


「………どうしたの、獄寺」


パタンと背中越しに扉を閉めた

無音だった応接室に唯一響いたその音に綱吉の意識がぼんやりと浮上した