「お、獄寺じゃねぇか」

「山本…一人か?」


不意にそんな声が聞こえて来て綱吉と恭弥は顔を見合わせる

給水タンクの影から顔を除かせた


「お前どこに行ってたんだぁ?午前の授業全然いなかったじゃねぇか」

「ヒバリの野郎の仕事手伝ってたんだよ、わりぃか」

「ヒバリの…?」


本当に驚いているのだろうその表情に隼人が眉間に皺を寄せた


「んだよ」

「いや、お前もしかして…」

「ばっ!テメェと一緒にすんな!!」


よく聞き取れないが、いつもの言い合いに発展しているのだろうことは明らかで、綱吉は嘆息した


「二人とも…もう少し仲良くできないのかなぁ」

「無理なんじゃない?…あ、このグラタン美味しい」

「ありがとうございます でも最初の頃よりは仲良くなったんですよ?」

「まぁ、見てれば解るけど…あれ以上は無理だと思う」


お弁当を平らげながらの会話

二人がそんなはなしをしている間も隼人たちの会話が進んでいた


「10代目はあいつを選んだんだ、お前もう諦めたらどーだ」

「…なぁ獄寺」

「あぁ?」

「本当にヒバリといてツナの幸せになれるんかな」


妙に真剣な表情の武にそんな顔もできるのかと埒もあかないことを思ってしまった

しかし、そんなこと言っている場合ではない


「何言ってんだ、10代目があいつといて幸せだっていうんだから俺達が口出しするこたできねぇよ」

「けどよぉ…」


いつもの表情に戻ったように見える武

しかし心中穏やかではないはずだ

それを知っているから隼人はギリッと歯を噛み締めた


「10代目があいつを選んだように……」

「獄寺…?」

「あいつも、10代目を選んだんだよ………」


手にしていたコーヒーの缶がぐしゃりと潰れた

それを見て武は確信する

隼人も、自分と同じ

好きなのに、言えない気持ち

相手が他の人を愛していることを知っているからなにも言えない

相手を幸せにしたいと思う

でもそれは自分ではできない

それはとても残酷で妙に美しい

ただいつまでこの状況を保てるのかは、己の心次第


「なー獄寺ぁ」

「あ?」


後ろ手をついて空を仰ぐ

そこには澄み渡った大空が広がっていた


「いっそのこと、奪い去ってやるか」

「――…、」


その言葉がなにを意味しているのかなんて容易に知れた

武は気付いたのだ

自分が、恭弥に抱いている感情に…


「そんなこと…っ」

「できねぇってか、ツナに悪いと思って」

「当たり前だろうが!あいつは俺が10代目に逢う以前から10代目の……っ!!」


その後は言葉にできなかった

解っているのに、人間というのは残酷で無意識に自分を最優先に考える

それを認めたくない気持ちと諦めている気持ちとか入り交じって気持ち悪い


「こんなの吐き気がする…っ」


認めたくない

でもでもでも……っ

あいつは大切な人の大切な人


「獄寺…」

「だから、奪い去っても仕方ねぇんだよ
…10代目が想ってるのも、あいつが想ってるのも…俺たちじゃねぇんだ……」


そんなこと解ってる

でも、心がいうことをきかない

どうしてもあの人をと求めてしまうんだ

 




「………獄寺は偉いのなー」

「あぁ?」

「俺は、諦めるなんてできねぇ」

「……お前」

「だってよ…俺だってツナの事好きだし、この気持ちはかえようもない事実だ
…そんなに簡単に諦めらんねーんだよ」

「最後には諦めなきゃなんねぇのに、か?」


隼人の言葉が痛い

諦めなきゃいけないなんて解ってる

でも、それでも…どこかで諦め切れないなにかがある

それが悔しい


「想うのは、勝手だろ」

「……」

「諦めるな、いつか必ず……」


そのいつかは、きっとこないのだろうけれど

それでも、運命は変わる

それを信じていこうとおもう


静かな風が吹いた

予鈴が鳴り響いて昼休みの終了を告げる

顔をあげて見合わせると武はにっと笑って弁当の片付けに移った

隼人は食べ損ねたともいえる購買のパンを開けると口の中に放り込む

半ば八つ当たり気味にパンを胃にいれた


「あ、二人ともまだいたんだね」

「おーツナ、一緒に教室帰ろーぜ」


何ごともなかったとでもいいたそうな表情で武が片手をあげた

綱吉の後ろで恭弥が半眼で武を見据える


「あーごめん山本…俺今から応接室…」


きっとあの資料の山の片付けを手伝うのだろう

隼人は恭弥を一瞥すると視線をそらした


「そか、じゃぁ先生にはうまくいっといてやるよ」

「ありがとう山本」


困ったように微笑んだ綱吉を見て武は笑い返す

でも、目が笑っていなかった


「それじゃぁよろしくね、山本」

「おー任せとけって」


綱吉は恭弥に向き直ると手を引いて屋上をあとにする

扉が閉まる寸前に恭弥が敵意丸出しの視線を武に浴びせた


「………随分と嫌われてんな、お前」

「ホント…強敵」


恭弥は綱吉を手放す気なんてさらさらないのだろう


「どーすんだ、これでもまだ…」

「あぁ」

「………チ、勝手にしろ」


そう捨て科白を吐くと先ほど閉じた扉を開けて屋上をあとにした

残された武はしばらくその場に立ち尽くしていた