いつもそれは唐突で計ったようにタイミングが悪い


「悪いが獄寺、これを応接室に届けてくれないか?」


廊下に出たところで担任に呼び止められると信じられない一言

応接室といえばあいつがいる

だからなのか不良には不良をという方程式でも持っているのか獄寺隼人は山積みの資料を手渡された

生憎といつも一緒にいる沢田綱吉は一時間目が体育のため校庭に出ている

本来なら隼人もそこへ向かわなくてはいけないのだがサボり決定なので屋上に一服しにいくところだった

だいたい一時間目に体育をもってくるなんて教師はなにを考えているのか…


「頼んだぞ」


そう言い残すとそそくさと早足に行ってしまう

隼人は山積みの資料を目の前に嘆息


「仕方ねぇか…」


応接室にはあいつがいる

それは誰もが知っていることだ

だが隼人には違う意味で近付きたくない場所だった


応接室の扉をノックすると中から返答があった

本来なら応接室と言う場所には来客が来たときにしか人はいない場所のはずなのだが…


「邪魔するぜ」

「……なんで君がいるの」

「先公に頼まれたんだよ、おら」


そう言って手に持っている資料を恭弥にみせる

納得がいったのか恭弥がいう


「あぁじゃぁここに置いてくれる」

「ここでいいのか?倒れそうだぜ?」

「僕が良いって言ってるんだから良いんだよ」

「……」


確かにその通りなので隼人は慎重に資料を重ねた

黙々と資料と格闘するのは風紀委員長雲雀恭弥

隼人のいるボンゴレファミリー10代目ボス候補沢田綱吉の恋人だ

最近ではやり合うことが減った

あの黒曜中との一戦の後から………

あの時ボロボロだった隼人に変わって城島犬と柿本千種を倒し、

満身創痍にもかかわらず六道骸が待ち受ける場所まで肩を貸してくれた

あれからというもの隼人は恭弥に悪い印象を持たなくなっていた

それどころか、あろうことか好きだと思ってしまったほどに…

だが相手は主とも呼べる存在の大切な恋人だ

なにも言い出すことはできない

この思いは死ぬまで心の内にしまっておこうとすら考えていた

なのにタイミングの悪い担任の頼みごとのせいで意志が揺らぐ

真剣な表情で資料の山と格闘している恭弥に心が揺れた


「…なに」

「へ…」

「まだ何かようでもあるの」


気付けば茫然と恭弥の仕事を眺めていた隼人

それに気付いて頬が紅潮したのがわかる


「な、なんでもねぇよ!」


そう言ってソファーにドカッと腰をおろした

何も用がないのなら出て行けばいいのに何故、と恭弥は目をすがめる


「この資料の山全部一人でやる気かよ」

「なに、手伝ってくれるわけ?」

「このままだと10代目も手伝うだろーが、だったら右腕の俺が10代目の代わりに手伝ってやる」

「………変な理屈」

「んだとぉ?」

「でもまぁ…助かるよ」


――綱吉に手伝ってもらうのは酷だからね


そう呟くと何やら書類を指差した

意味が分からずに隼人は首を傾げる


「この資料、判子待ちだから」

「……あぁ」


合点がいって隼人は机の上にある書類の山をソファー前のテーブルに移動させた

判子はすでにテーブルの上にあった


「じゃぁ頼んだよ」

「任せとけ」


この二人が喧嘩もせずにことを進めていることを綱吉がしったら驚愕の表情を隠しきれないだろう

そんなことを思いながら恭弥は書類に目を通して行く




小さめのノックが紙のこすれる音だけだった応接室に響いた

返事をするまえに扉が開く


「失礼しまぁす」


聞き覚えのある声がして隼人は扉の方を見る


「10代目〜!」

「ご、獄寺くんっ?!」


そこにいたのはスクールバックを大切そうに両手で抱えている沢田綱吉

恭弥の恋人で隼人の主と呼べる存在だ

心底驚いたような綱吉に隼人は苦笑を浮かべた


「そ、いぇば恭弥さんは…」

「いるよ」

「うゎっ」


机の上に資料が山積みになっている

その向こうから恭弥の声かする


「ふ、二人で何やってたの…獄寺くん」


少し不安そうな表情で綱吉が訊く

それが複雑な理由の為「なんといいますか…」と隼人は言い淀む

綱吉は隼人の気持ちを知らない

だが、応接室で二人きり、というこの状況は恋人として心配する綱吉の気持ちもわからないでもない


「仕事を手伝ってくれたんだよ」

「え…?」


隼人に投げ掛けた疑問に恭弥が応える

未だ姿は見えないが紙が擦れる音がするのでまだ仕事をしているのだろうことが知れた


「獄寺くんが…?」


そのことに素直に驚く

犬猿の仲とでもいえそうなこの二人

それにも関わらず恭弥の仕事を隼人が手伝ったという

信じられない現実に綱吉は困惑の表情で立ち尽くす


「先公に資料の山押しつけられて来て見たらこの状況だったんで……
どーせ10代目に手伝わせるつもりなら俺が代わりにと思いまして
ご迷惑でしたか?」

「そんなことないよ!ありがとう獄寺くん」


それは隼人からすれば嘘になる

恭弥のそばにいたいと思ったことを自覚している

そしてその女々しい行為に腹が立つ


「だから午前の授業いなかったんだね、ちょっと心配してたんだ」

「午前?」

「もう昼休みだよ…?」


その科白に恭弥と隼人は時計をみる

綱吉の言う通り時計は1時をさしていた

昼休みは12時45分からなのですでに15分も浪費してしまった

昼休みはあと30分


「やべっ購買!」

「今からならまだ間に合うよ」

「そうだよ!頑張って!」

「じゃ、俺はこれで!!ヒバリ!あとでなんか奢れよ!!」


そう捨て台詞を残して応接室を飛び出して言った

隼人を見送ってから綱吉は机に向かう恭弥の背後にまわった

そこでやっと恭弥の姿をとらえる


「お昼どぅします?」

「ここでは無理だね、久しぶりに屋上なんてどうだい?」

「賛成です!」


屋上は二人のサボり場所の一つだ

今日は晴れているから屋上は持って来いだろう

しかしそのため、他の生徒もいそうだが


「その時はその時、給水タンクの裏で涼みながらでいいでしょ」

「そうですね」


にっこりと微笑んで応える

あくまで二人きりを好む恭弥

綱吉もどちらかと言えば二人きりでまったりとしたい派だ

応接室から屋上までの階段までに人はいない

応接室に近付く人間は滅多にいないからだ

その道程を二人は所謂カップルつなぎで手をつないで歩いた


 

「お、ツナにヒバリじゃねぇか」

「山本…っ?」

「…………」


屋上の錆付いた扉を押し開けて最初に現れたのは綱吉の友人、山本武

綱吉を自分のものにしようとたくらんでいる腹黒い一面を持ち合わせている人物だ

それを知ってる恭弥は不機嫌度がレッドゾーンを突破

しかし気付いていない綱吉は一瞬手を放そうとする

だが、恭弥がそれを許さなかった


「…相変わらず仲良いのなー」


表情は笑っているが本心から笑っていないことは明らかだった

綱吉は気付いていないが…


「きょ、恭弥さん…?」

「行くよ」


そう言ってさっさと給水タンク裏へ歩を進める

腕を引かれて素直についていく綱吉

その後ろ姿を武が半眼で見据えていた

綱吉を先に給水タンク裏に追いやると恭弥は武を一瞥

まるで「邪魔をするな」とでもいいたそうな目で睨むと自分も給水タンク裏に隠れて見えなくなった


「…………はぁーぁ」


精神的にどっと疲れがでて武はコンクリートの床を睨む


――あいつは強いし、ツナを大切にしてる

守ってやれる

でもそれがときどきツナにとって良いことなのかわからなくなる


「――くしょ…」


小さな呟きが風に流されて恭弥の耳に響く

それに目を細めて小さく呟く


「……絶対にわたすもんか」

「恭弥さん…?」

「なんでもないよ、食べようか」


何もなかったように笑顔でいう恭弥

それに小首を傾げるも弁当を食べ始める


――君は僕が守るから、誰にも渡したりしない

約束したんだから

君と僕と…二人だけの約束を…


「…どうかしたんですか?」

「え…」

「箸が進んでないですけど…不味かったですか?」


不意にそんなことを言われて恭弥はそんなことはないと否定する

「ただちょっと考え事してただけだから、綱吉の料理が不味い分けないでしょ」

「あ、ありがとうございます///」


素直に嬉しくて綱吉は微笑んだ

好きな人のために何かできるのは本当に嬉しい


「あと、綱吉」

「はい?」

「約束、絶対守るから…僕だけを見て」

「きょ、やさ………」

「お願いだから…どこにも行かないで」


それは思い詰めたようにか細い声で…こんな恭弥を綱吉は見たことがなかった

いったい、何があったのか


「ときどきね、夢を見るんだ」

「夢…?」

「そぅ…でも、ただの夢だよ」


そこは一面の焼け野原

その中心に自分が立っている

まだちらちらと燃える焔と血の海に囲まれているのだ

血の後を辿って行くとその先にいるのは血の海に沈んでいる綱吉とその取り巻きたち

必死で駆け寄ろうとすると焔がそれを拒み、自分以外のすべてを焼き払う

気付けばそこに一人きり

誰もいない何もない世界に一人きり


「――――…っ」

「ただの夢だけれど…なんでこんな夢を見るのかな」

「誰かが、死ぬ夢を…見る時は……その人に死んでほしくない、いなくなってほしくないという心の表れ…」

「え…?」

「前にそんなことをテレビで見た気がします」


つまり、恭弥は綱吉にもその回りにいた取り巻き…つまり隼人や武たちにも死んでほしいとは思っていないということ

綱吉に関してはその通りなのだが隼人や武に関しては自覚がないのか恭弥は少し困惑気味だ


「恭弥さんはきっと心のどこかでみんなに死んでほしくないって思っているんですよ」


マフィアの世界に足を踏み入れたみんなはいついなくなってしまうか解らない

それを思ってか否か、綱吉は憂いを帯びた表情で微笑んだ


「………まぁ、そういうことにしておくよ」


群れることを嫌い孤高の存在としていつも一人だった

でも今は失いたくないものがたくさんある

それは以前の自分からしたらありえないものばかりで少し戸惑うこともあるけれど…

それはとても素敵なこと

綱吉に出逢ってから変わり、回り始めた歯車を止めないように…