「綱吉!!」

『さようなら、恭弥さん』

「綱吉!行かないでよ、綱吉…っ!!」


あの子が振り返ることはなく、自分は何か不可視の壁阻まれている


「綱吉…っ!!」


なんども呼んでいるのに、君は振り返ってはくれない…

どうして、君は――――…



「―――綱吉!!」


目覚めるとそこは、いつもと何ら変わらぬ応接室…

今までのは夢…だと信じたい

でも……


『恭弥さん』


あの笑顔を、もう何日も見ていない

あの子の中から自分の存在は消えてしまった


「――――…っ」


こんなに自分は弱かっただろうか

こんなに、あの子のことを思っていたのか

今更だ

何もかも…もう手遅れ

あの子は忘れてしまった

忘れられる事がこんなに辛いなんて考えた事もなかった

どうして、忘れてしまったの

どうして、僕だけを忘れてしまったの

どうして、それでも君は笑顔で居るの

あの笑顔が自分に向く事はもうないのだろう

あの子が自分に笑いかけれくれることはもう二度とない

思い出してほしいのに

抱きしめて、口付けて、自分のものにしてしまいたい

そうすれば思い出してくれるかもしれない

そう、思うのに…

あの子の前に行くのが怖い

あの子に知らない人を見る目で見られるのが怖い

あの子に拒絶されるんじゃないかって…


「……いつから」


いつからこんなに…弱い人間になってしまったのだろう

いつも独りだった

あの子に出逢うまで

それが当然だった

それなのに…どうして


「―――…綱吉」


君の存在がどうしても必要なんだ

涙が流れそうになる

でも、流してしまったら負けだ

泣くもんか

あの子が思い出してくれるまで…


「委員長!!」


突然、応接室の扉がなんのためらいもなしに開かれた

副委員長である草壁がこんなに慌てて入ってくることはない


「たった今、沢田が下校途中に倒れて病院に運ばれたと知らせがありました!」

「―――なん…だって…?」


希望が潰えたような、嫌な予感がした
















行かないで 行かないで

僕をおいていかないで

一人に、しないで―――――…


「綱吉…っ」

「あら恭弥くん…来てくれたの」

「奈々さん…」


バイクをとばして病院に駆け込んだ恭弥を奈々が出迎えた

その後ろではベッドの上に横たわる綱吉の姿


「……綱吉は」

「獄寺くんが救急車を呼んでくれてね…下校途中突然倒れたんですって…」

「獄寺が…」


いつもなら、綱吉と一緒に帰るのは恭弥ただ一人

応接室に来て不器用ながらも仕事を手伝ってくれて…一緒に帰った


――あの日も…


あの日は恭弥の家に行った

勉強を教えて、「これさえ覚えてしまえばあとは簡単だよ」と言われて一生懸命それを覚える綱吉…

あまりにも一生懸命な姿に思わず頬が緩んでしまう


「綱吉がそんなに一生懸命に取り組むなんて、あの赤ん坊からしたらありえないことじゃない?」

「ぅ…だって恭弥さんがせっかく時間を割いて教えてくれてるのにテストでいい点とれなかったら申し訳ないじゃないですか」


その言葉に恭弥はキョトンとした表情になった

珍しいその表情に綱吉は驚く


「恭弥さん?」

「…君ってホント、可愛いね」

「な…っ///」


突然なにを言い出すんだと顔を真っ赤にした綱吉に苦笑しながら謝る恭弥

クツクツと喉で笑う恭弥に綱吉は赤面した表情を見せないようにしながらノートに向かう


「それに、綱吉はそんなに頭が悪い訳じゃないでしょ」

「え…?」

「やればできる子って、そうそういないよ」

「え…俺がですか?」


褒められたことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる綱吉に恭弥は頷く


「…ありがとうございます、恭弥さん」


本当に嬉しそうな表情を見せて、問題を解いていく

そして宿題を終えてから、明日のことを話す

お弁当は何が食べたいか、いつも聞いてくる

これが日常だった

あの日もそうだった

これからも続くと思っていたのに…


「君は…どこまで僕を掻乱すの……っ」

「恭弥くん…」

「――すみません、取り乱してしまって」

「気にしないで、綱吉が悪いんだから」

「………」

「……前に一度」

「え…?」

「前に一度だけ、この子が泣きそうな声で言ったのよ?『恭弥さんに心配かけたくないんだ』って」


奈々の話に恭弥は目を見開いた

そんなことを言っていたのかと…

そんなこと自分には言わなかったのに…


「よっぽど彼方のことが好きなのねぇ…羨しいわ」

「奈々さん…」

「これからも綱吉のこと…宜しくね」


記憶がないとしても、きっと心のどこかでは恭弥を求めているはずだから…


そう、信じているから…


信じて、いたいから




「それじゃぁ、僕はこれで…」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「えぇ、綱吉が起きたら…また混乱させてしまうから」

「…恭弥くん」


切なげに歪む恭弥の表情に、奈々は悲しげに呟いた

綱吉のことを一番に心配しているのは他でもないこの恭弥

きっと、母親である奈々よりもずっと深い絆で繋がっているであろうこの二人


「……ねぇ恭弥くん」

「?」


病室を出て行こうとした恭弥の背中に話しかける

声をかけられたので、首だけ奈々のほうへ向けた


「綱吉が、恭弥くんのことを思い出したら…叱ってあげてね」

「奈々さん…?」


今度は体ごと奈々に向ける

奈々は振り向かずに話す


「きっと綱吉は、彼方に申し訳ないことをしたって思ってしょげ込んじゃうと思うから」


―――そういうときに叱るのは母親の役目ではなく、彼方の役目よ


そう呟く奈々の表情はわからなかったけれど、恭弥はその言葉に目を細め、一つ頷く

そうして、病室をあとにした

窓の外は夕焼け色に染まっていて、とても優しかった