「あ、ツナくん!」

「京子ちゃん」


退院してやっと来た学校

なにか物足りなくて、ふわふわした気持ちのまま教室まで来た


「交通事故にあったって聞いて…」

「うん…もう、大丈夫だよ」


その後いろんな生徒に声をかけられ忙しい時間を過ごした

もちろん、授業の内容は進んでしまっていてわからない

というか、もともとよく分かっていなかったから余計に分からなくなっている

でも……

なんか、知ってる気がする


「ここわかる奴」

「……」

「なんだいないのか…ここは試しに沢田、答えてみろ」

「え……っと」


この陰険教師め、と生徒の視線がそう言っている

みんな綱吉が入院していたことを知っているから当然だ


「…8π…ですか?」

「な…」


それでも、綱吉にはわかったのだ

その問題の解き方が…

誰かが、優しく教えてくれたから


「そ、そうだな…当っとる」


瞬間、教室がざわついた

当然だろう、あのダメツナが…こんな問題解けるわけがないのだから

授業終了後、武が綱吉のところにくる


「うっす、ツナやっぱすげぇな、予習でもしてたのか?」

「そんなこと俺がするわけないだろ」

「あっはは、じゃぁまたヒバリのやつに教えてもらったのか、良かったな」

「え…?」

「なんだ、違うのか?」


―――みんな知っている

あの、『雲雀恭弥』という人...

でもどうして俺は、俺自身が、覚えていないのだろう


「ツナ?」

「―――、ごめん山本…俺、そのヒバリさんのこと何も覚えてないんだ」

「…え?」


その言葉に驚いたのは武だけではなかった

綱吉の隣に控えていた隼人もそのうちの一人だ


「10、代目?」

「なにいってんだよツナ…エイプリールフールまではまだ遠いぜ?」

「…ごめん」


一言で、わかった

本当なんだって

嘘なんかじゃないんだって


「おいおいマジかよ」

「……、」


二人の反応に綱吉は驚いた

いつも一緒にいるこの二人がこんな反応を見せたことは一度もない


「…なんで?」


なんで、そんな顔をするのか…わからない

どうしてそんな顔するんだ

一体自分と『雲雀恭弥』という人の間には何があったのか


「覚えてない、のか」

「10代目!大丈夫っスよっそのうち絶対に思い出しますから!」

「う、ん…?」


隼人まで思い出して欲しいようなことを言う

この人はいつも綱吉に従順で、綱吉に近づくものを嫌っている

マフィア・ボンゴレファミリー10代目の右腕に相応しくないように、いつでも綱吉の傍にいたはず…


でも―――本当にそうだっただろうか…


「…どうして」

「さっ次は移動教室だしさっさと行こうぜ」

「そう…だね」


胸の奥で、何かが叫んでいる……








お昼休み

いつも、三人で屋上に行く

そう、これが日常…

それなのに……

どうしてこんなに複雑な気持ち何なのだろう


「ツナ?」

「10代目?」

「あれ…?」

「どーしたぁ〜屋上はこっちだぜ?」

「うん…そうだよね」


三人で弁当を持って屋上へ向かう為に教室を出た

しかし、廊下に出て右に曲がるはずが綱吉は左へと足を向けてしまった

自分の行動が理解できていないのか、綱吉は慌てながら二人に追いつく


「ダメだなホント…未だに校内を把握してないみたいだ」

「ツナ…」

「早く行こう、お腹すいちゃったし!」


無理矢理作る笑顔

眉間に皺がよっていることに、綱吉自身気付いていないのだろう

それを見て二人は居た堪れない気持ちになる

どうして忘れてしまったのか

どうして、あんなに大切に思っていた人のことを…忘れてしまえるのか

お弁当を食べながら他愛のない話をする

綱吉はこれが日常だと思い込んでいる

終始思いつめたような表情をしている二人に綱吉は変な気分になった

それは放課後にも続いていて、武は部活があるから隼人と二人で帰ることになった


「あー…久し振りの学校だと疲れるねぇ」

「…10代目」

「なに?獄寺くん」


突然立ち止まった隼人に綱吉は怪訝そうに首を傾げる

思いつめたような表情

言うべきか言わざるべきか悩んでいる表情の隼人に向き合う


「どうしたの?」


話を聞く体制になって、隼人を見る

隼人はそれに意を決したのか真剣な表情になった


「…10代目が思い出したくないならそれでもいいです」

「獄寺くん?」

「でも、わがままを言わせて頂くと…10代目には笑っていて欲しいです。
あいつの隣で…あの綺麗な笑みを浮かべていて下さると俺も嬉しい気持ちになります」

「獄寺、くん…」


突然何を言い出すかと思えば…

名前は出していないが、恭弥のことを言っているのは流石の綱吉にもわかる


「俺だけじゃないっす…山本も笹川も…リボーンさんも…あなたが笑顔でいることを望んでいます」

「………っ」

「悔しいですが、10代目を笑顔にできるのはあいつしかいないんです…ですから…思い出して下さい…俺の為にも…

あいつの、為にも…っ」


そう言って頭を下げる隼人に綱吉は目を見開く

こんなこと言う人だっただろうか

こんな…いつも無鉄砲で一直線で何考えてるのか解らなくて…

でもいつも一生懸命で綱吉を守りたいという気持ちが人一倍大きな人

この人は、こんなに他の人間の為に動くだろうか…

今までの話しからするとあの『雲雀恭弥』という人は隼人にとって邪魔とも言える存在のはずなのに…


「どうして…」

「10代目?」

「どうして…そんなに一生懸命なんだよ」

「ぁ…」

「俺はいつもと同じなのに…なにも変わらない、沢田綱吉なのに!!」


――本当に、そう?


「え…」

「10代目…?」


――本当に…いつもと同じ?


忘れていることが、あるでしょう?


「――――――――…っ!!!」


いきなり視界が揺らいだ


「10代目!!」


身体に力が入らない

どうして…こんな

俺はどうしたら良いんだよ―――…

瞬間、意識が途切れた