様々な検査が行われた

それでも脳波に異常は見られず、健康そのものの脳だという

何故、恭弥のことだけ忘れてしまったのかは、不明


「……あの、」

「…………」

「…すみません」

「なんで、謝るの」

「だって、彼方は俺のことすごく心配してくれたみたいなのに俺は彼方のこと…覚えて、なく…て」


検査結果を聞いて、数十分後

病室で二人きり

綱吉は気まずい思いを隠しきれていなかった

今の綱吉にしてみれば、恭弥は赤の他人

恭弥は黙ったままで、先ほどから綱吉は試行錯誤している


「…雲雀恭弥」

「え?」

「僕の、名前」

「……雲雀、さん?」

「―――…っ」


息を呑む

その呼び方に、懐かしさを覚える

しかしそれは一年ほど前の話…

今は……


「……うん」


それが、精一杯だった

呟くことしか、できなかった

それでも綱吉は気まずい気持ちを振り払えたようだ


「雲雀さんは、何年生ですか?」

「僕は……僕はいつもでも好きな学年だよ」

「へ…?」


恭弥のことをまったく知らない綱吉にとって、この言葉の意味が解らなかった

でも、そういう人なのだろうと解釈する


「並盛中生、ですよね…学ラン着てるってことは、風紀委員?」

「……うん」


そのことは覚えているのか

その頂点に立つのが恭弥だということを知らない生徒はいないのに…


「委員長だよ」

「そうなんですか?それは、少し以外ですね」


その言葉に引っ掛かりを覚える


「どう、して…?」


気付いたときにはすでに訊ねていた


「だって、風紀委員って怖いイメージしかないですから」

「…どういう意味」

「だって雲雀さん、優しいじゃないですか」


驚いた

正直に、そう思う


「雲雀さんは、すごく優しい人でしょう?」

「……どうして、そう…思うの」

「だって、こうして俺のこと心配してくれて三日三晩寝ずに看病してくれたって母さんが言ってたから…」


そうだ、恭弥は綱吉にずっとついていた

ずっとずっと張り裂けそうな思いを抱いて、綱吉の手を握っていた


「目が覚めたときはいませんでしたけど、手がすごく暖かかったのを覚えてます」


ずっと、握り締めてくれていたのは恭弥だと気付いている

それでも…


「でも…どうして雲雀さんは、俺にそこまでしてくれるんですか…?」


一般生徒

ちょっと厄介なことに巻き込まれているがことのほかダメダメで…

何をやってもうまくいかないそんな平凡な生徒に…

風紀委員長自らこうして見舞いに来ているということが信じられないのだろう

自分達がどういう関係か知らないから…


「…どうして、だって…?」


そんなの、決まってるじゃないか


「君がこの世で一番――――――――…」

「え?」


呟くように言われた言葉は聞き取ることができなかった

恭弥は立ち上がってゆっくりと病室から出て行こうとする


「雲雀さん…?」

「それじゃぁまた、学校でね」


そういい残すと病室をあとにする

―――君が僕を忘れても…僕は君を忘れはしない

だって今まで過ごしてきた日々は本物だから

すべて、本物で宝石みたいにキラキラと輝く綺麗な思い出


「…無理に思い出そうなんて、思わなくてもいいんだ」


僕が、覚えてるから

全て、覚えているから…


それでも――――――――――――…


忘れられることがこんなにも苦しいなんて…考えたこともなかったよ…



堕ちたのは一つの涙









「委員長、頼まれていました書類のチェックをお願いしたいのですが…」

「あぁ…そこにおいといて」


並盛中応接室

風紀委員長 雲雀恭弥の部屋と化しているその部屋に風紀副委員長である草壁が書類を持ってやってきた

しかし恭弥は椅子に腰掛けたまま空を見ている

いつもと様子が違うことに草壁は気付く


「…どうかしましたか?」

「…何が?」

「いえ、いつもとご様子が違っていたので……沢田、ですか?」


その科白に恭弥は目を見開いた

何故、そんなことが解るのか

しかし、当然といえば当然だろう

草壁は誰よりも二人の仲を温かく見守っていた

他人に興味を示さない恭弥の恋人

この人なら、恭弥を変えることができるかもしれないと


「沢田が入院したと聞いていたので…そうではないかと」

「…そう、でも僕はいつもと同じだよ」

「…ですが委員長、ここ数日学校もお休みになられていて顔色も良くありません」

「僕が大丈夫っていってるんだよ、咬み殺されたいの?」

「いえ、自分は委員長のことが心配なのです」

「余計なお世話だよ」


意地を張っているのが自分でも解る

恭弥は右手にトンファーを構えた

これまでかと、草壁は目を閉じる

しかし、飛んできたトンファーは自分の頬すれすれを横切り後ろにあった壁にめり込んだ


「―――…」

「どうか、したかなんて…自分でも解らないよ」

「…委員長」


恭弥はそう言うと応接室から出て行ってしまった

壁に突き刺さったままのトンファーを見ながら、草壁は思う


―――あの人は変わられた…沢田綱吉のおかげで…


このまま、あの人たちがともに生きる道を進んでくれることを願う