「―――…かぁ、さん?」

「…っ!!」


不意に目を覚ました綱吉に奈々は驚きながらも喜びを隠しきれなかった

こんなことなら先ほど恭弥を返すのではなかったと今更ながらに思う

すぐにナースコールを押して看護士さんに来てもらおうとする


「ツッ君たら…もう、無理しちゃだめよ?」

「…ここは?」

「病院よ、3日間も昏睡状態だったんだから」


それを聞いて綱吉は記憶を手繰る

確か、猫を助けようとして…

でも、どうして猫を助けようとしたのか思い出せない


「…おれ…」

「あぁ沢田さん、起きられたんですね」


その時医師が看護士を連れて病室に入ってきた

奈々は椅子から立ち上がると医師に席を明け渡した


「調子はどうだい?」

「あ…の……」

「はっは、まぁ慌てずゆっくり考えてもらってかまわないよ、突然のことで混乱しているのだろう?」

「……そぅ、ですね」


でも、思い出せないことがある

その思い出せないことがなんなのかすら、思い出せない


「俺、なんで猫を助けようとしたんでしょう…」

「それは本能だろうね、危ないものを見つけてしまうと助けようという本能が人間の仲にはあるから」

「本能……」


そんなんじゃない

もっとなにか理由があったはず

でも、思い出せない

何を忘れてしまったのだろう


何か大切なものを落としてきてしまった気がする…


でも、気がするだけであまり気には留めないでおこう

そのほうが楽ですむ


「それじゃぁ念のため精密検査に移ろうか」

「ぁ…よ、よろしくお願いします」



心のどこかに、穴がぽっかり開いてしまうような感覚

でも、どうしてなのかわからない


なんだろう

なにを忘れてる?

何かとても大切な…なにか―――…










「10代目!」「ツナ!」

「あ…獄寺くん、山本…」


綱吉が目を覚ましたという奈々からの知らせを受けて、隼人と武は飛んできた

奈々は恭弥にも知らせようとしたが電話が通じなかった

おそらく眠っているのだろうと考えて留守番電話に綱吉が目を覚ましたと残しておいた

きっと彼が目を覚ましたらこの二人のように飛んでくることだろう


「心配かけて、ごめんね…もう大丈夫だから」

「10代目…本当によかったです」

「一時はどうなるかと思ったぜ」


その言葉に綱吉は苦笑する

今までの自分だったらこうやって駆けつけてくれる友人はいなかっただろう

本当にこういうときはリボーンに感謝したい

いや、でも…

何か……

それよりも…何か…


「抜糸が済んだらもうお家に帰れるそうだからあとニ、三日は入院ね」

「そうなんスか…毎日お見舞いに来ます!10代目っ」

「うん、ありがとう…でもホントにもう大丈夫だから」


以前にも入院したときみんながお見舞いに来てくれた

そのときも思ったが、隼人がくると余計なことが起きる気がしてならない

でも善意でやってくれていることだから、断るのも憚れる


「はぁ…」

「疲れたの?ツッ君」

「う、ん…少し」


久し振りに目を覚ましたからまだそんなに身体がついていかない

それを察したのか隼人と武は帰っていった

気が利くところは、ありがたいと思う


「眠ってて大丈夫よ、母さん少しお医者様とお話しがあるから」

「うん…」


そう呟くと睡魔に襲われてまぶたが閉じる

しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきて奈々は病室を後にした



真っ暗 夢 たゆたう心

何か忘れてしまっている気がしてならないこの心

頭ではわかっていないのに、心が警鐘を鳴らしている

忘れてはいけないと

忘れてはいけない、絶対に

だってそれは…………………………――――――――










目を覚まして、ケータイの留守番電話に気付いたときにはすでに、綱吉が目を覚まして1日が経過していた

そのままバイクに乗って病院まで急ぐ

早く君に逢いたいから

君を抱き締めたいから


でも…


なんだろう

嫌な予感がするんだ



「あら、恭弥くん」

「奈々さん…綱吉は…?」

「さっきまで獄寺くんと山本くんがいてね、疲れて眠っちゃったみたい」

「そう…ですか」


そこでやっと息を吐く

ここにくるまで息をしていなかったのではないかと思うほど肺の中が空っぽになるまで息を吐いた


「それより恭弥くん、ちゃんと休めたの?」

「えぇ…おかげさまで」


一日の睡眠でどれだけ身体が回復したのかは解らないが昨日よりは幾分か楽になった

どれだけ無理をしていたのかがわかる


「お医者様のお話だとあとニ、三日もすれば退院できるだろうって」

「そうですか……よかった」

「心配してくれてありがとうね、恭弥くん」


そういい残すと、奈々は医者の話を聞きにいった

恭弥はゆっくりと病室の扉をスライドさせると中に入る

ベッドに横になって寝息を立てている綱吉に苦笑する


―――まったく、僕をここまで気弱にできるのは君だけだね…


そう思いながら椅子へ腰をおろす

瞼にかかった前髪をそっと撫でる

包帯が巻かれた頭部をみるとどうしてあの時送っていかなかったのかと悔しい気持ちで一杯になる


「…綱吉」


ぽつりと名前を呼ぶと綱吉が寝返りを打つ

眠っている姿にはまだ幼さが残っていて、中学生なんだということを実感させる

しばらくそこで綱吉を見ていたら眠気が襲ってきた

安心したら眠くなってきたのだろう


「…少しなら、大丈夫だよね…」


そう呟くと恭弥はベッドに寄りかかって寝息を発て始めた

しばらくして、戻ってきた奈々が恭弥の姿に苦笑して毛布を一枚肩にかけてあげる


「良かったわね…ツッ君、恭弥くんがきてくれて」

「ぅ……ん?」

「あら、起こしちゃったかしら」

「あぁ、母さん…と…」


綱吉はベッドに寄りかかって眠っている恭弥をみて驚いたような表情をしている


「彼方が目を覚まさなかった3日間ずっと飲まず食わず眠らずにツッ君が起きるの待っててくれたのよ」

「え…?」


そういわれて恭弥の寝顔を見る

安心した表情

本当に今まで心配してくれていたのだろうことが見て取れた


「…母さん」

「なぁに?」

「この人…誰?」

「え……?」

「―――…誰?」


本気で言っている

奈々は驚愕で目を見開くことしかできなかった

どうしてとしか思えなかった


「な、何言ってるのツッ君!雲雀恭弥くんよ?」

「だって…知らないものは知らないよ」


昨日あった不快な感情は、もうどこにもなかった

ぽっかりとあいた心の穴にも、気付くことはなかった

だた目の前に眠っていて、自分をそこまで心配するような人は思いつかなかった


「―――…綱吉…?」


その時、恭弥が目を覚ました

恭弥を見る綱吉の瞳が、とても冷たいものに変わっているのに…すぐに気付く


「つな…よ、し?」

「ねぇ、彼方…一体誰なんですか?」

「―――…え………?」


心が、砕ける音がした…