―――恭弥さん、待ってくださいよ

―――え…俺がですか?…ありがとうございます、恭弥さん

―――明日は何が食べたいですか?

―――恭弥さんは…俺のこと…

―――じゃぁ恭弥さん、また明日!!


また明日と言った君の背中を思い出す

あの時送ってあげていればよかった…



=== 例え君が僕を忘れても 僕は君を忘れない ===



「ここが君の病室、ね」


雲雀恭弥が訪れたのは並盛町で一番の大きな病院

その一室

頭に包帯を巻いて、呼吸器などのたくさんの器具に囲まれた沢田綱吉の部屋


「…なんで」


あんなに元気だったのに…

また明日って、言ったのに…


「なんでこんな、……綱吉…っ」


ベッドの横にある椅子に腰掛、だらりと伸びる綱吉の手を握る

その時、部屋の扉が開いた


「あら、恭弥くん」

「奈々さん…?」


おそらく綱吉のものであろう鞄を持った沢田奈々…綱吉の母が入ってきた

医師の話を聞いてきたのだろう少し困ったような笑みを浮かべる


「ごめんなさいね、ツナったら猫を助けようとして…」


なんとも綱吉らしい理由だと、思う

それに微苦笑を漏らして綱吉の頬に触れる

生きている…けれど…


「医者はなんて…?」

「……一週間の内に目を覚まさなかったら…」

「―――…っ」


一週間…

それは長いようで、とても短い

人生のうちでそれはほんの一瞬でしかない

その一瞬で、人生が変わってしまう


「――――……、」


―――綱吉…


声にならない声で、呟いた







奈々が病室から出てきた

廊下を歩いていると、見覚えのある人影

綱吉の見舞いに来た獄寺隼人だ


「あら獄寺くん、お見舞いに来てくれたの?」

「お母様…10代目は……」

「それが…まだ目を覚まさないの、今は恭弥くんがついていてくれてるわ」

「ヒバリ…」


その名前に隼人の肩が微かに反応する

奈々はいったん家に帰ってもう一度来ると言い残すと廊下を歩いていってしまった

しばらくして病室の前まで来る

中に入らずに佇んでいると後ろから声が掛かった


「おー獄寺、何やってんだ?」

「山本か…」


山本武が廊下を歩いてやって来た

手には花束がある


「ツナが車に跳ねられたって聞いてよ…」

「まだ目を覚まさないらしい」

「らしい…?」


隼人の語尾に違和感を覚えて武が首をかしげる


「おれもまだ10代目を直接見たわけじゃねぇ…さっきお母様が教えてくださったんだ」

「あぁ…じゃぁ今から見に…」


しかし、隼人は病室の前から動こうとしない

訝しげに顔をゆがめる武に隼人が目で促して少し開いた扉をさす

そこから中を覗けば、今にも頽れそうな恭弥の姿がそこにあった


「あ…」


武も何かを察したのか隼人と同じような表情になる


「悔しいけどな、10代目のそばにはあいつがいてやらねぇといけねぇんだ」


綱吉が想っているのは雲雀恭弥ただ一人

武は手に持った花束を病室の扉にそっと立て掛けると中に入らずにそこを後にした

隼人もそれに倣って病室に一礼すると武の後を追っていく

中にいた恭弥はそれに気付いてた

でも二人が気を使ってくれたので、何も言わずにただただ綱吉の手を握り締めていた











あれからすでに3日が経とうとしていた

綱吉はまだ、目を覚まさない

3日間、恭弥は綱吉の傍を離れようとせず、ただただ手を握り締めていた


「……」


半ば放心状態なのだろう恭弥はしかし、目に見えるほど衰弱している

3日間飲まず食わずを通しているのだ


「恭弥くん、何か食べないと…」

「……大丈夫です…」


毎日綱吉のお見舞いに来る奈々は綱吉よりも恭弥のほうが心配になりつつあった

見るからに病人のような顔色をしている恭弥のことが気になって仕方がなかった


「大丈夫な訳ないでしょう?ここ3日間なにも食べてないし、寝てもいないでしょう?
それじゃぁ綱吉が起きたときに心配かけちゃうわ」

「……でも」

「綱吉の傍には私が付いてるから、今日一日だけでもお家に帰ってゆっくり休んで?」


やわらかい言葉の裏に有無を言わせぬ確固とした意思があるのに、恭弥は気付く

ここで何を言っても自分は家に帰されるであろうと判断して、ふらりと立ち上がる


「スミマセン…すぐに戻りますから」

「ダメ、きちんと睡眠をとって明日またおいでなさい」


きてはいけないとはいわない

恭弥がどれだけ綱吉のことを思っているのかを知っているから

でもこれ以上は限界だろう

だから明日なのだ


「恭弥くん、ご両親は?」

「いません」

「…そう」

「それじゃぁ…また明日来ます」

「えぇ、お願いね」


ふらふらと病室を去っていく恭弥を見送ると、奈々はいままで恭弥が座っていた椅子に腰掛ける

一つ息を吐くと綱吉を見る


「…まったく、恭弥くんに心配かけさせることはしないんじゃなかったのかしらねぇ?」


それは以前綱吉から聞いたこと

ただ一度だけ綱吉が弱音を吐いたとき… 


『恭弥さんに…心配かけさせることは、もう絶対にしたくないんだ……』


なにがあったのかまでは知らないけれど、綱吉は俯いたままそう言ったのを鮮明に思い出せる

綱吉にとって恭弥はなくてはならない特別な存在

そして恭弥にとって綱吉もなくてはならない大切な存在

それがこんなにも深いものだとは知らなかったけれど

それだけ二人は本気なのだと思う

だから奈々も何も言わないし、男同士だからといって反対する気も無い


「…いつの間にこんなに大きくなったのかしらねぇ…ツッ君」


顔に掛かる前髪をそっと撫で上げて呟く

瞬間、綱吉の瞼がかすかに震えた