「たのも〜!」
「?」
「たのも〜〜!」
「あ。」
今どき?なんて思いながら声のした方を振り返る。
ナースステーションの前に、昨日出会ったあの人。
「ジュウシマツ!」
「あ!いたー!どこにいるのかわかんなくて聞こうとしてたとこー!」
「そういえば…」
昨日は廊下で話してそのまま別れたのだった。
病室がどこなのか教えるのを忘れてしまっていた。
「会えたからラッキー!」
「ホントに、ラッキーでした」
イエーイと言いながらこちらに両方の手のひら見せるように伸ばしてきたので右手だけ差し出してみるとパンッといい音が廊下に響く。
ハイタッチ、なんて初めてしたかも。
「大福があるので良かったらいっしょに食べませんか?」
「マジで!いいのっ?」
「はい!私の部屋で良かったら是非」
「やったぁ〜!早く行こ〜!」
「わっ…!」
嬉しそうに万歳をしたあと、私の両肩を後ろから押してきた。
そんなに急がなくても、大福は逃げないのに。なんて。
「ここです」
「おじゃましますっ!」
「どうぞ」
礼儀正しくお辞儀をひとつ。
個室の病室へと足を踏み入れる。
簡素でベッドとテレビと冷蔵庫と…
特に何の変哲もない病室。
「消毒液くせぇー!」
「病院ですから」
ベッドの下にある丸椅子を引っ張り出してジュウシマツに差し出した。
ありがとー!と言いながらちょこんと座る。
向かい合うようにベッドに腰掛け、先程売店で購入したばかりの大福を差し出した。
「どうぞ」
「やったぁ〜!いただきま〜すっ」
ペットボトルのお茶を紙コップに注いでおく。
そんなに急いで食べたら喉に詰まったりしないだろうか?
「ぅんまー!」
「良かった」
満面の笑みとはこのことか、と。
常に笑顔の人がさらに笑顔になる様を見るのは嬉しい。
私も、と大福に手を伸ばした。
うん、ここの売店は本当に美味しい物が置いてあってありがたい。
「ねぇねぇ!」
「んぅ?」
大福を口に含んだところでジュウシマツが声をかけてきた。
しまった、変な声出た。
「なんでさっきから右手しか使ってないのっ?」
「!」
気付かれてないと思ってたのに、気付かれていた。
いや、ハイタッチの時点で気付かれてしまってたのかも知れない。
なんとも言えない顔をして、ジュウシマツに向き直る。
「左腕、動かなくて…」
「あ…っ!」
しまった!とでも言いたげな顔で両手で口を隠す仕草。
えっと、えっと…なんて言いながら視線をさまよわせているジュウシマツに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「リハビリしてるの、入院はそのためだよ」
「そ、そっか〜…」
視線が定まらない。
焦ったようにキョロキョロあたりを見渡している。
額に汗が浮かんでいて、そんなに焦らなくても良いのに、と動く右手を伸ばしてその頭にポンッと乗せた。
ビクリ、と身体が硬直させている。
「大丈夫!リハビリ頑張って少しだけど動くようになってるから!」
なんて、全く動かない左腕を隠すように
ガシガシと形のいい頭を撫でてやると、わっわっ!と慌てながら私の右手はジュウシマツの両手で掴まれた。
「俺ね!野球好きなんだ!」
「野球?」
「うん!見るのもやるのも好き!キャッチボールとか素振りとかやってるの好き!」
「??」
何が言いたいのだろう?
首を傾げている私の手を握ったまま言葉を探すように続けた。
「だから左腕治ったらいっしょに野球しよ!!」
「!」
あまりにも必死で、あまりにも素直でまっすぐな言葉に思わず息を呑む。
こんなふうに人と関わるのはいつぶりだろう。
忘れていた、期待される感覚。
ドロドロとした負の思いが覆っていく感覚。
背中に冷たい汗が伝った。
うまく呼吸が出来ない。
自ら関わりを持ったのに、怖い。
まだ出会って1日も経ってないのに、期待を裏切ってしまうのが恐ろしい。
「なまえちゃん?大丈夫??大丈夫??」
いつの間にか私の右手を握っていた両手が私の背中に回されていた。
過呼吸になりかけていたのに、寸前で通常の呼吸を取り戻す。
「大丈夫、です……ありがとうございます、」
ポカンと、この時の私は口を開けて驚いていただろうと思います。
ジュウシマツにきつくきつく抱きしめられていて痛いはずなのにそんなことどうでも良くなるくらいに驚いていた。
「ジュウシマツ…」
「なにっ?なまえちゃん!」
「私、ジュウシマツのこともっと知りたい、かも…」
「!いーよ!!」
「ホントに…?」
「うん!だから俺にもなまえちゃんのこといっぱいいっぱい教えてね!!」
「っ…」
「ダメ?」
「ダ…メ、じゃない…頑張る」
「うん!楽しみにしてるね!」
満面の笑みを浮かべるジュウシマツに、心が安定していくのを感じる。
不思議な人だと、思う。
人と関わらないようにしていた私が、無意識のうちに関わってしまった。
きっかけになれば、良いなぁ…。
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あっ!これ!ハンカチのかわり!
えっあっありがとうございます…!
可愛くラッピングされたハンドタオルには
小さくひまわりの花が咲いていた。
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