novel | ナノ

それそのままに

 急に目の前に差し出された団子にどう切返したらよいのか分からず、北大路は応えるまでに数秒の間を要した。

「……若、これは?」
「ん、やる。東城達には昼にあげたんだが、お前だけいなかったからな。だが今日中に渡せて良かった」
「……」

 微妙に答えになっていないが、主がやると言うのだからここは大人しく貰っておくのが筋だろうか。しかし「それでは頂きます」と言える程北大路は短慮ではないし、特別団子狂いという訳でもない。少なくとも九兵衛の真意が分からない内は下手な行動には出られなかった。

「……もしかして団子は嫌いだったか?」

 なかなか受け取らない北大路に思い違いをしてか、九兵衛は顔を不安そうに翳らせ尋ねる。慌ててそのようなことはありませんと弁解に出た。

「ただ、どのような成行きなのかと……。思慮が足らず、申し訳ありません」
「あ、いや、謝ることはないんだが。――うん、なんというかこれはその…今日は、バ…」
「……“ば”?」

 そこで九兵衛は急に俯いて口ごもりだし、その次がなかなか出てこない。差し出された団子の皿は北大路が迷ったまま手を伸ばすという形で、二人の手の上で止まっていた。ここでどちらかが手を引けば団子はその方のものになるのだろうが、双方動きは見せない。
 北大路は辛抱強く主の言葉を待つ。そうしてようやっと顔を上げたかと思うと、どういう訳か顔を赤らめ九兵衛は一気にまくし立て始めた。

「今日はバレンタインデーだとかで世話になった男達にチョコをやる日だと妙ちゃんにきいたから!……でもチョコを売ってる店の雰囲気がどうにも入りづらくて結局買えず終いで、だが手ブラで帰るのもなんだしこの前食べて美味かった団子屋に寄ってそれで……」

 しどろもどろに説明して最終的には半ば強引に「とにかくそういうことだ!」と言い放つと、赤らめた顔を再び背けてしまった。
 恥ずかしそうに言い募る主の姿に虚を突かれるも、その言葉から北大路は漸く意図を解す。つまりはバレンタインデーに贈るチョコの代わりにこの団子を……ということらしい。それがどのような行事か知りはしても然したる思い入れもなかった北大路だが、まさか九兵衛から贈られることになるとは夢にも思わず、少なからず心を動かされた。先程の言葉から考えると自分以外の者にも渡されたのだろうが、それでも嬉しい。
 彼女がひどく恥ずかしそうにしているのはきっと彼以上にそのイベントに馴染みがなかったせいなのだろう。それもその筈で、九兵衛はこれまでこのような娯楽じみた風習に浮かれる余地もなく厳しく生かされてきた。また例えそれが許されたとしても、以前の彼女ならば興味を持つことはなかったかもしれない。
 それがいつかの騒動を切っ掛けに少し変わり、今まで触れることのなかったものを積極的に楽しもうとしている。前と比べるとずっと生き生きとしている彼女を見るのは悪い気分ではなかった。今目の前で見せている初々しく照れる様もとても微笑ましい。

 そういうことならばと、北大路は快く受け取る。

「では、有り難く頂戴致します。お心遣い誠に痛み入ります」

 こういうときでさえ従者としての節度を気にする余り手放しで喜びを露に出来ない自分が少しもどかしい。だが九兵衛はやっと相手の手に贈り物が渡ったからか、ほっとした様子で彼に明るい表情を向けた。

「良かった、受け取って貰えるなら何よりだ。…食べれるなら早い方が良いぞ。かたくなるからな」
「そうですね。では早速頂きましょうか」

 部屋で一人で食べさせるのは味気ないかと思い、それから特に用事がなかった九兵衛はそのまま一緒に居ることにした。女中に呼び掛けると直ぐに温かい緑茶が二人分用意される。


「いただきます」

と言いつつ北大路が懐から取り出したのは、お馴染みのケチャップ。

「……」

 まさか――と九兵衛が目を剥いてるうちにスカァーンという無駄に小気味良い音とともに蓋が開けられると、その赤い調味料は勢いよく緑茶に注がれた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!お前はそんなものにまでケチャップを掛けるのか!?」

 湯飲みから一旦つけていた口をはなし、思わず声を張り上げて突っ込む。北大路は至って涼しい顔をしているが、ケチャップの沈澱した緑茶に九兵衛は全力で引いた。

「これも修行ですから」

 そう言って今し方もらった団子を食べつつ、ケチャップ緑茶を啜る。
 ……違う、ただの偏食だ――そう言い掛けたところで、あることに気がついた。

「……それだけケチャップにこだわる割に、団子はそのまま食べるんだな」

 自分が渡した団子においては赤く染められることなく彼の口に入ったことに、妙な感慨を覚える。当然団子にもケチャップをかけるのだと思い、もしそんな呆れた真似をしようものならいっそこの場を離れてしまおうと考えていただけに、意外であった。

「折角若から頂いたものをむざむざケチャップ味にしてしまう程、礼儀は欠いていないつもりです」

 不思議そうに自分を見る九兵衛に北大路がさらりと言う。見境なく何にでもケチャップを掛けるのかと思わせて、実はそうでもないらしい。

「ちゃんと味わった上で、御礼を言いたいですから」
「そ、そうか。……美味いか?」
「ええ、とても」

 そう言って、彼にしては珍しいとも言えるほど素直な笑みが九兵衛に向けられる。人目には分かりにくい小さな表情の変化は、それでもしっかりと喜びを伝え彼女の心に触れた。
 その言葉が嬉しくて、同時に見慣れぬ北大路の優しい表情になんだか気恥ずかしくもなってしまい、再び赤らんできた頬を誤魔化すように九兵衛は黙って茶を啜った。
 ほろ苦い緑茶は九兵衛の心を満たすその感情と実に対照的で、彼女の動揺を鎮めるのに少しは役立ったようである。


――了――



prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -