×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


その昔、兄貴分として慕っていた人の言葉を今更ながらに真に受けて、恋でもしてみようと思い付いた。天下分け目の大戦はすぐそこまで迫っている。そんな場合じゃないのは百も承知だが、この短い生涯のなかで、誰にも焦がれたことがないのは、些かさみしい気がしたのだ。先が永くないことくらい、自分が一番よくわかっている。
まず石田に白羽の矢を立てたのは、彼が総大将だったからだ。拒まれれば、別の男のところに行くつもりだった。西軍が駄目なら、東軍に行ったってよかった。私は完全に惰性で以てここに立っている。残党と呼ばれることを凶王は嫌がるが、今の私たちを形容するのにこれほど相応しい言葉もなかなか無いだろう。豊臣の残党。乱世の終焉。時代はもう、私たちを照らさない。
「…だから、厭だと一言吐き棄ててくれれば、私は次の部屋に行くよ」
戦があった訳でもないのに、石田は隙無く鎧を身に付けて、陣羽織まで纏っていた。何の私物もない部屋に、僅かな乱れもない寝具が飾り物のように敷かれている。石田が片膝をたてて座していなければ、出掛けるところだと勘繰るところだった。
「貴様の指図など享受しない…」
奇妙にざらついた声で低く唸る。そうして私ははじめて、これも呼吸をしているのだという事実を目の当たりにした。
「だったら黙って腰でも振ってみな、そのくらいは出来るだろう?」
挑発的に言った。苛々している。精神の均衡を欠いているのは、何もこの男だけではない。みんな狂っている。あちらさんはもう少しマシなのだろうか。
「軍師自ら商売女の真似事とは…これも何かの策か?」
私の安い挑発に、石田は乗った。ゆらり、立ち上がる様は幽鬼か、そうでなければ陽炎を思わせる。
「愚物め、恥を知覚しろ!貴様は豊臣の品位を失墜させる心算か!」
怒声が上がる。だが、私の腕は石田によって捻り上げられていた。曲者をそうするように、易々と組伏せられてしまう。顔が丁度、敷かれた夜具に掛かったのは幸いだった。痛罵こそ叩きつけども、拒絶ではない。真意を汲みかねて、私は混乱した。
「い、石田くん?」
「沈黙しろ、仕掛けたのは貴様の方だ」
間近で凄まれては、凶王の召す儘に口を閉ざすしかない。まさに狂気の沙汰だが、石田はこの錯乱に相応しい血走った眼をしていた。どうやら自暴自棄になっているのは私だけではないらしい。

前田直伝の夜這いは確かに成功したが、果たしてこれは恋だろうか。頭を抱える私の後ろを、大谷が愉快そうに舞う。
「やれ、三成が横になった…目出度い目出度い」
諸手を挙げる大谷に、私は精一杯声を低くして言った。
「すべて我の策の内よ、なんちゃって」
誰にとは敢えて言わないが、なかなか似ていたと思う。しかし、大谷から評論はいただけなかった。悪鬼のような形相をした石田は寝所から這い出してきたからだ。
「貴様ッ…何故に私を起こさなかったぁあああ!」
激しく開かれた襖が、外れるのではないかと心配になる程に揺れている。私は首を傾げた。
「起こせとは言われなかったから…」
そうして私はしみじみと、昨夜床を共にした男を観察する。少しの間休んだとはいえ、常軌を逸した顔色の悪さだ。あの背中には私が立てた爪の跡が幾重にも重なって残っているに違いない。これは恋なのだろうか。問い掛けたくても、答えをくれる人はもういない。唐突に切なくなった。

西軍につかなければ斬ると石田は脅した。東軍につく必要はないと徳川は説いた。人心は内府に傾いた。当たり前だけと、不思議な話。けれども、その触れ込みが武将連中に対してである以上、私には関係ない。気兼ねなく城を出奔できる立場にあるはずなのに、私は襖に背中を預けて、膝を抱えて、凶王を待っていた。これも妙な話だが、恋とはそういうものだろうと勝手に思ったので。
「先頃に引き続き、どういう心算だ?」
石田は威嚇するように歯を剥いた。恋がしたいのだ、という過日の要望は、どうやらこの男の耳に微塵も引っ掛かっていなかったらしい。
「また寝かしつけにきてあげたよ」
「不要だ、早急に立ち去れ」
茶化してやったら、背を向けられてしまった。羽のような下がり藤がなんともつれない。
「そう言わないでよ、据え膳食わぬは男の恥だろう?」
振り払われるのを覚悟して、後ろから腕をまわした。石田は動かない。
「貴様に与えられるものなど何もない」
そして、唸るように言った。
「他を当たれ、私では不足だ」
あんまりな拒絶に、流石に腹が立ってきた。恋とはもっとこう、浮わついたものである筈だ。温かくて尊い、けれどとても影響力がある特別なもの。私の知らないそれと、今私がこの男に対して抱えている気持ちにズレがあることはどうやら疑いようがないみたいだ。がっかりしながらも、私は石田から離れることが出来なかった。それどころか、前幅のあたりを強く握ることで、この細腕が解かれることを無意識に防ごうとしていた。
「…この前みたいに私に触れてくれたら、それだけで満足するから」
口をついたのは懇願だった。この執心は一体どこから生まれ得るのか。この感情が恋であることを祈ろう。そうでなければ、とうに狂っている。石田の薄い体が微かに震えていた。



2016.03.02 あいさまへ