QS適性ありと判断されたので、赫包のインプラントを受けてクインクスになった。元よりみなしごの身では拒否権なんてなかったし、私がどうなっても、一生国が面倒を見てくれるというなら、それも悪くないと思ったのである。アカデミーに入った時点で、喰種捜査官にならないという選択肢は無かった訳だし。 「ぼさっとしない!カバー!」 佐々木一等の鋭い声が飛ぶ。 晴れてクインクス班に配属される運びとなった私は、シャトーにて他の班員たちと共同生活を始めた。プライベート空間はしっかりと確保されているので、学生時代の寮暮らしを思えば天国である。無茶苦茶な捜査官も多い中、我々を率いる佐々木一等は穏やかな人格者だ。来歴に多少問題があるかもしれないが、こうなってしまえば私自身も同じ穴の狢だ、半喰種だからといって差別はすまい。個々のカラーが強すぎて、チームとしてのまとまりには欠けているかもしれないが、班員の大半がアカデミーで一緒だったメンツなので、先程とは矛盾したことを言うようだが、学生生活の延長のようで気は楽だ。今は米林に誘われて、獅子舞を育てるゲームにハマっている。 「…余所見しないで集中!」 今度は膝蹴りも一緒に飛んできた。まともにくらって、受身もそこそこにトレーニングルームの床に転がれば、先に倒されていた不知と六月が微かに反応した。端から見れば死屍累々という有り様だろう。佐々木一等の稽古は過酷だ。闘い方は体で覚えるしかないから、ある程度は仕方がないのだろうけど。 「わっ…ちょっ…」 より実戦に近く、ということなのか、佐々木一等は這いつくばる私に向けて、更に迎撃をかけてきた。あまりの恐怖に体を丸める。痛みを覚悟して身を強張らせたが、衝撃は訪れなかった。 「今日はここまでにしよう」 佐々木一等が、先程までとはうって変わって柔らかな口調で終了を告げた。どうやら足は寸止めしたらしい。おそるおそる顔を上げれば、淡く微笑む佐々木一等と目があった。不肖の弟子を見るような、もう仕方ないなぁとでも言いたげな眼差し。正直なところゾッとした。他の連中はどう思ってるか知らないが、私は彼を怖いと思う。
交代でシャワーを浴び終える頃には、二十一時を回っていた。さっきまでの鬼のような覇気はどこへやら、仏のような表情を浮かべた佐々木一等が、エプロンをしてキッチンに立っている。 「大分遅くなっちゃったね、お腹すいたでしょ?」 どうやら手伝おうという感心な心掛けがあるのは六月だけらしく、不知と、いつの間に部屋から出てきたらしい米林はテレビを観ていた。勿論私もお手伝いと称して邪魔をするくらいなら大人しくしていたほうが良いだろうという分別はあるので、テレビを観ることにする。瓜江は不在か、居ても我々と食卓を囲むつもりはないのだろう。 「お待たせ」 しばらくダラダラしている内に出来上がったのは喫茶店のものと見紛うような完璧なナポリタンだった。ふてぶてしく座っていれば、水と合わせて各々の前に運んできてくれるのだから有り難いことである。隣ではいただきますも言わずに不知と米林が先に食べ始めていた。 「いただきます」 「どうぞ」 一応、挨拶をしてから口に運ぶ。私はあいつらより育ちが良いのだ。 「!?」 辛い。私は自分の味覚を疑った。全身から嫌な汗が吹き出してくる。隣の二人はガツガツと、早いペースでナポリタンを消費していく。カウンターで並んで食べている六月と佐々木一等にも、不審な様子は見られない。もう一口食べてみたが、やはり辛い。私は首を傾げつつ、少しずつナポリタンを消費していった。周囲に気取られないようにしたのは、これがクインクス施術をしたことによる副作用かもしれないと怯えたからだ。
すべてを食べ終わる頃には、私の唇は腫れていた。後半は殆ど水で流し込んだのだが、体感として水は水だった。変な味はしない。試しに常備してある飴を舐めたら、こちらも普通の味がした。何ならいつもより甘く感じたくらいだ。しかし、同じものを食べていたはずの他の班員は誰も今日の夕飯に疑問を感じていないようだったことを考えると、やはり私が異常なのだろう。明日、医者に相談に行こうと決めた。無断欠勤は出来ないから、まずは上司に話を通すべく、他の皆が私室に引き上げるのを待って、佐々木一等に声をかけた。 「…というわけで極端に辛く感じて」 「大丈夫、君は正常だよ」 事情を説明した私に、佐々木一等はやけに明快に言いきった。驚いて視線を上げれば、上司が天使もかくやというような柔かな表情を浮かべている。どうやら私を慰めようという意図はないらしい。 「だって君のだけ辛くしたし」 「はい?」 衝撃の告白である。食物テロの仕掛人は、あろうことかホッとした様子で胸を撫で下ろす。 「良かったぁ、あのくらいの辛さじゃ全然動じないのかと思って結構焦ったよ」 「ど、どうしてそんなことを?」 思わず声が震えた。そんな嫌がらせを受ける謂れはないのである。純粋に怖い。 「どうして?…ああ」 佐々木一等はにっこりと、絵に描いたように綺麗に笑う。いや、この男はずっと笑っていたような気がする。倒れた私を蹴りつけようとした、あの時から。 「その顔が見たかったから、だよ」 怯えた顔が一番可愛いと嘯いて、佐々木一等はやっぱり笑う。
君のことがお気に入りなんだから許してね 2018.04.11 とまとさまへ タイトルは某アニメのOPより、ドSはどこからも借りられませんでした |
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