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一緒に暮らし始めてからも、大方の予想に反してフェイタンは優しい。というか、私に干渉してこない。彼は私のことを人間とは見なしておらず、従順な猫…或いは奔放な犬、くらいに認識していて、それが部屋の掃除や簡単な調理くらいはこなすのだから、そこそこ利便性が高いと納得しているらしかった。流星街の出身である我々にとって誰かと、特に仲間と身を寄せあって暮らすのは至極当たり前のことで、蜘蛛が活動をしていない間、たまたま同じ街に棲んでいたので、それならばと私はフェイタンが住民を惨殺して身を潜めていた屋敷に間借りしていた。お金持ちの老夫婦の持ち物だったというこの建物には使っていない部屋がいくつもあって、そこかしらから過去の匂いがするのを私はひどく気に入っていた。朽ちるのを待つだけの過去の場所。その気配は懐かしい故郷に似ていた。
「今度、おうちに遊びに行っても良いですか?」
そう言って笑いかけてきたこの娘が誰なのか、思い出すのに少しだけ時間がかかった。アルバイト先で、親しくしている年下の女の子。お金は奪えばいいけれど、経験だけは盗めない。幻影旅団として活動していない間は、出来るだけ社会に溶け込んで普通に生きるのが私の流儀だ。特異な育ち方をした私にとって、人の営みそのものが面白かったのでそうしていただけだが、仲間から理解を得られないことも多かった。フェイタンも、私がアルバイトに勢を出すことを無駄だと一蹴している。事実、その通りだ。私のそれは趣味の域をでない。
「家はちょっと…散らかってるから」
当たり障りのない拒絶に、同僚にあたる彼女は悪戯っぽく笑った。
「嘘、本当は男の人と住んでるんでしょ?」
私は何故この娘にそんなことを言われなければいけないのか理解に苦しみ、曖昧に笑い返して首をかしげた。

同棲しているという表現は、状態だけなら全く以てその通りなのだが、私とフェイタンの営む生活を説明するのにはあまりに不適切であるように思えてならない。先ほど卵スープにとり肉を入れたら、想像と全然違うものが出来上がったことにそれは似ていた。
「何してんの?」
ギンガムチェックの暖簾をかき分けてキッチンに顔を出したのは、蜘蛛の中でも特にフェイタンと馬が合うらしいフィンクスだった。今日は動きやすそうなジャージ姿だ。
「お昼にしようと思って」
台所がきちんと独立して一つの部屋になっているところも、この物件の良いところだと思う。調味料の類いは粗方入れ替えたが、調理器具や食器は以前からあるものをそのまま使っている。
「俺の分も頼むわ」
フィンクスが当たり前みたいに言うから、私は自己流のパエリアモドキを入れる為の皿をもう一枚食器棚から取り出した。
「図々しい奴。飯代置いてくよ」
私が「勿論」と快諾するのと、フィンクスの後ろからフェイタンが意地悪を言うのは同時だった。

日々は穏やかに過ぎる。玄関の壁に掛かっていた絵を、私が気に入って盗んできた物に変えた。世界的に有名な名画だが、フェイタンのお眼鏡にはかなわないらしく、しきりに悪趣味だと貶す。無理に外して捨てたりはしない。アルバイトは続けている。私が恋人と同棲しているという噂は真しやかに囁かれていた。彼等は私が休日に一人で美術館に忍び込んでいる等と夢にも思わないであろう。
「おかえりなさい」
己の性質故に、私がこの家に他人を招くことはないが、フェイタンのほうはそれについて、あまり気にしていないようだった。しかし、フェイタンの客人はフィンクスのような特殊な例を除いて、五体が満足に揃っていることは稀であり、往々にして人体を一部分だけ持って帰ってきた、といった方が正しいことが多かった。今日みたいに。
「やるよ」
フェイタンが僅かばかり機嫌の良さそうに言って、テーブルの上に無造作に転がしたのは、爪の先まで手入れの行き届いた美しい指だった。一目で女のものと知れる。丁度、十本あった。そのすべてが大小様々な種類のリングで飾られているので、丁度店頭の見本のようだったが、マネキンではない証拠に、第三間接のあたりに捩切られた跡があり、血が滲んだり骨が覗いたりしている。指先を飾るリングは綺麗だから、本体と切りはなしてからはめられたのかもしれない。
「全部くれるの?」
狂気染みた行動。意味のない装飾。フェイタンの悪い癖が出始めたな、と思う。刺激の少ない平穏な暮らしに、彼は厭き始めているのだろう。無意味なものを盗み始めたのはその兆候だ。絵画、宝飾、それから人命。
「要らなきゃ売るね」
そう言い残してさっさと自室に行ってしまおうとするフェイタンの袖を掴んで引きとめた。
「お礼にお茶でも淹れるから、座って」
拒絶をされる可能性も考慮していたが、フェイタンは素直に腰をおろした。彼もまた、この暮らしが長くは続かないことを察しているのだろう。鬱憤が溜まる時期は皆似たり寄ったりなのか、日常に倦怠を覚えるのと、蜘蛛としての動きが始まる時期は重なることが多い。そうなったら、ここを拠点には動かないだろう。私はなんだか惜しいような不思議な気分になった。フェイタンの器用な指先が、知らない女の指を規則正しく並べ始める。


人は営む、虫は棲む
2018.04.01 百合さまへ 甘い話であるという前提で読んでくださると幸いです