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※井尾谷→待宮描写あり 

恋愛よりは部活を優先するが、友人よりは恋人を選ぶ薄情な幼馴染に、中二あたりから彼女が途切れたことがないのを私は知っているし、ちゃっかり童貞を喪失済みなことは井尾谷が本人の口から聞いた。あれでなかなか待宮はモテる。女子に対しても気取らず、普通に話ができるからだろう。イケメン過ぎないのもポイントが高いのかもしれない。密かに待宮のことを好きな女の子は必ずクラスに一人か二人いて、その子たちは大抵の場合待宮にとって気のおけない友達だった。
「自己紹介乙ってかんじじゃのう」
井尾谷は揶揄しながら、エアホッケーのパックをこちらに容赦なく打ち込んでくる。弾き返しながら、私は思いっきり舌を出す。本当なら、此処に待宮もいる筈だった。付き合い始めたばかりのアイツの彼女が、逢いたい…なんて電話を掛けてこなければ。
「待宮がいなくて淋しいのは井尾谷のほうでしょ!」
ゲームセンター特有の喧騒に負けないよう、自然に普段より大きな声になる。会話の相手が声量を変えないせいで、私ばかりがムキになっているみたいだ。
「いやー…別にィ」
怠そうにしながらも、攻撃の手は緩めない。井尾谷と私は親戚だ。家が近くて、親同士が親しいので、兄弟同然に育ったと言っていい。小学校に上がったばかりの頃、待宮はこの関係をとても羨ましがった。同級生と恒常的に夕飯を食べたり、家族行事にクラスメイトが同行したりするなんて、なかなか無いから。ほんならミヤも親戚になろうやと、拗ねてしまった待宮の手をとってチヤホヤと機嫌をとるのは井尾谷の仕事だった。
「これはこれで気楽じゃけぇ…」
井尾谷の秘密に、私はなんとなく気付いていた。小学校も卒業しようかという頃、彼がこっそりスクラップしていたのは男性のグラビアばかりで、おまけに切り抜かれた写真は眉が太めで口の大きい、吊り目の男性ばかりだった。学校行事の度に購入される写真は待宮が写っているものばかりだったが、そこに井尾谷が写っていないことはあまり無かったので、彼の両親は特に疑問に思わなかったようだ。私に言わせれば、クラスが違っても執拗に写真に写り込んでいるなんて、異様だと思うが。井尾谷は頭がよかったので、その気になれば誰とでも上手くやれたはずだが、彼の関心は余すところなく待宮にのみ注がれていた。目下、彼等が青春を傾けるロードにしたって、その一部に過ぎないのではないかと私は密かに疑っている。部活中、井尾谷は実に幸せそうだ。待宮のことだけを考えて、あいつに尽くしていればいい時間。待宮が、可愛い彼女と、決して共有することの無い事象。

朝練を早めに切り上げたらしい待宮が、熱心に携帯を弄っていた。まだクラスメイトの大半が来ていない。私に気付いても、顔は上げないまま、片手を振っておざなりな挨拶をする。
「昨日、井尾谷が拗ねてたよ」
言ってやったら、漸く顔を上げて、破願した。こういうところが、モテる秘訣なのかもしれない。例え計算尽くだとしても。
「井尾谷はお前が拗ねとう言よったわ」
井尾谷は私が待宮のことを好きなんだと思っている。そうでなくとも、待宮のことになると途端に猜疑心の強くなる井尾谷にとって、待宮の周囲の女はみんな面白くないのだ。それが気心の知れた私でも。ややこしいのは待宮が、私と井尾谷が両思いだと決めてかかっていることだ。イトコは結婚できるんじゃけぇ、と口癖のように言うのがその証拠。待宮に自分の気持ちを伝える気がない井尾谷にとって、この誤解はむしろ都合が良いらしく、積極的に解こうとはしていなかった。自分たちの在り様が拗れている自覚はあるが、居心地が良いのでそのままにしている。どうせ、人間関係なんて流動的なものなのだから。

待宮が金曜日の晩に例の彼女と喧嘩して、それ以来、口もきいていないらしいという話を、私は祖父母の家で夕飯を食べつつ井尾谷から聞いた。こういう話を実に愉快そうに話すので、彼は時々大層維持が悪そうに見える。何故二人と同じクラスの私が知らないことを、隣のクラスの井尾谷が知っているのだろうという疑問はあれど、おそらく待宮本人から聞いたのだろうとあたりをつけた。待宮は井尾谷を親友と公言して憚らない。残酷な男である。
「喧嘩したんだって?」
放課後。珍しく一人で、渡り廊下の端で突っ立っている待宮に声をかけたら、苦々しい顔をされた。この先には家庭科室しかない。待宮の彼女は手芸部だ。
「…井尾谷が裏切りよった」
薄々井尾谷の気持ちに感付いているだろうに、それを裏切り続ける男がそんな風に嘯く。
「私たちの間に隠し事はないからね」
「順調そうで羨ましいのう」
待宮は大袈裟に溜め息をついた。ほとほと困った、という様子で。
「ミヤは順調じゃないの?」
揚げ足をとったことを、口にしてすぐに後悔した。これではまるで、私が待宮に気があるかのようである。実際、待宮もそう感じたらしい。満更でも無さそうに目を細めた。
「もう別れるかもしれんのう」
そんな気なんてさらさら無いから、待ち伏せなんて真似をしている癖に、ニヒルを気取って嘯く待宮の大きな口。まじまじと見てたら、不意に閉じられた。あっと言う間に近付いてきて、唇に噛み付く。まさかそんなことをされるとは思っていなかったので、私は呆然と待宮を見詰めた。してやったりといった表情からは、いやに女慣れした様子が窺えた。
「これは井尾谷には言えんじゃろ」



2018.03.24 珈琲さまへ 呉南好きなので、書くきっかけをいただけて嬉しかったです…性癖丸出しでスミマセン