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ベルチなんて飲み物はどこの売店にも置いていない。それがわかっただけでも、此処まで足を伸ばした甲斐があったと思う。せめてシャンペンをぶちまけたかったけれど、見るからに未成年の私たちにお酒を売ってくれるお店はなかった。マッターホルンの右側がどうなっているのか私は知らない。
「カレンダーになるのが夢なの」
大好きなバンドの歌詞になぞらえて呟いてみたけれど、俊輔は不思議そうな顔をしただけだった。彼にロックンロールは似合わない。

年に数回開催される父の仕事絡みの家族ぐるみのパーティでは、よく見かけていたけれど、見るからに同世代だというのに、誰も私に俊輔を紹介しなかった。だから、彼がロードという自転車競技で将来を期待された選手であることや、学校にファンクラブがあるくらい女の子にモテることなんかを、私は会場内で真しやかに囁かれている噂で聞いた。温室のような女学院では目にする機会に恵まれない、色濃い異性の気配。互いの親同士が不仲なのだろうとあたりがつく頃には、俄然俊輔に興味が湧いていた。反抗期真っ盛り。私はいつの頃からか、親の嫌がりそうなことに、昏い悦びを覚えるようになっていた。

私の両親はどちらも忙しく働いていて、そのおかげで暮らし向きはとても裕福であるけれども、彼等はその生活の付属品、あるいは婚姻関係の結果である子供に、徹頭徹尾興味が無かった。その無関心は私を内側から食い潰し、すっかり空虚な怪物にしてしまったが、誰もそのことに気が付かなかった。私の家族はお手本のような機能不全を起こしていたが、金銭的な心配がない状況での不幸は実にわかりにくい。お手伝いさんはいたけれど、常駐ではないし、母の癇癪に耐えかねて次々と人が変わるので、誰も家事以外のことは行おうとしなかった。私の世話までは、彼女らの職務範囲外なのだろう。誰からも顧みられることのない私の息抜きは専らお酒と煙草で、これにしたって家にある物を勝手に消費しているに過ぎない。父親は減りの早さに気付いているのだろうか。私の部屋を清掃する人は煙草の吸殻やウィスキーの空瓶を目にしているはずだから、耳に入っていないとは思えないのだが。私は透明人間なのかもしれない。家でも学校でも、誰もが私をいないものとして扱う。試しにピアスをあけてみたけど、誰からも指摘されなかった。思いきってエレキギターを買っても、音すらろくに出せずに終わった。極稀に、お出かけ用のワンピースが用意されてあるのを見て、私は例のパーティがあることを知る。俊輔は来るだろうか。そんなことを考えながら、ヤニとコロンの匂いがするベットで眠る。

俊輔が私の同類でないことなら理解していた。彼の一挙一動には愛されて育ったもののみが持つ傲慢さが見え隠れしていたから。彼は退屈しているのを隠そうともせず、黙々と食事をとったあとはボンヤリとソフトドリンクの入ったグラスを傾けているのが常だった。その日、今日までの不可侵条約を破って、私が彼に話しかけるまでは。
「海が見たい」 
私の質問に対して、俊輔がぶっきらぼうに応えるというかたちで少しばかり会話をした後に、ほんの思い付きが口をついて出た。
「見に行けばいいだろ、海は逃げないんだし」
彼は意外そうに少しだけ目を見開いて、あどけなく言った。
「連れて行ってよ」
俊輔は厄介そうに私を見た。驚くべきことだが、彼には私が見えているらしいのだ。さっきから、ずっと。
「わかった」
俊輔は頷いて、来週の土曜日なら午後から部活が休みである旨を、言い訳のように付け足した。

家の用事意外で外出用のワンピースに袖を通すなんて初めてのことで、ワクワクした。ピアスは小さめで、兎に角女の子らしいものを。鞄に煙草は忍ばせなかった。鏡に映る私はどこからどう見ても、品の良いお嬢様だ。対する俊輔の格好がラフ過ぎるのはご愛敬。
「電車、乗ったこと無い…」
「マジかよ。…いや、俺も部活絡み以外では使わねぇし、そんなもんか」
一人で納得して、俊輔はスマートに電車に乗るための手順を整えていく。暗に世間知らずだと言われているようで、少しだけ面白くない。特急に乗ってしまえば、目的地である海にはすぐに着いてしまった。これでは売店を巡っていた時間のほうが、長かったくらいだ。混んでもいない車内で、私たちは並んで立っていた。途方に暮れるというのあの状態を指すに違いない。私は黙って窓に映る俊輔の顔を見ていた。

海沿いを走る、というコンセプトの大会で一度だけ訪れたことがあるのだというその海浜公園は、何か一つでも特別なことをしたら敗けだとしか思えないほどにスタンダードな佇まいだった。それに、肝心の海があまり綺麗じゃない。私はちょっぴり失望したけれど、それを俊輔に悟らせるような真似はしなかった。海よりもよっぽど、明らかに砂浜には不似合いな電信柱のほうが私の興味をそそるのだから救えない。電柱突っ込んだ、気を失っていた、最初に思ったのは…。お気に入りの歌を口ずさむ。遮るように俊輔が呟いた。
「…あの会場、出るらしいぞ」
あの会場というのが何処を指すのか、考えるまでもなくわかってしまう。あのパーティ以外で、私が彼の姿をみることはない。あの場所以外で、私が他人に認識されることはない。何が出るのかなんて、聞くだけ野暮だ。
「海に行く途中で交通事故にあって死んじゃった、お嬢様の幽霊?」
言ってやったら、俊輔は不可解そうな表情になった。彼は時々私が日本語以外の言語で話しているかのようなリアクションをとることがある。
「いや、虫。…あそこの衛生管理はどうなってるんだって親父が怒ってた」
俊輔の視線の先では、なるほど、生理的な嫌悪を感じさせるビジュアルをした虫が這っている。
「それより何だよ、幽霊って…」
呆れ顔になった俊輔の頬に素早く唇を押し付けた。身長差があるせいで、実際には顎の横辺りだったかもしれないが、そんなのは些末な問題だ。
 

BGM「カレンダーガール」The Birthday
2018.03.21 なーさまへ ブルジョワのデートなんて書けませんでした(土下座)