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「#エロ」のBL小説を読む
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幼少期に爆発的に流行していたゲームソフトのリメイク版を、懐かしさにかられてどこかから入手してきた人識は、けれども十分もしない内に飽き始めたらしく、モンスターを育成するより、私に話しかけることに余程情熱を傾けている。
「大体目が合ったら因縁つけてくるってなんだよ、この世界にはヤンキーしかいねーのか!」
派手に脱色し斑に着色された髪に、三連ピアス、おまけに顔面に刺青が施されているとくれば、随分と厳つい印象になりそうなものだが、生来の甘く整った顔立ちのせいか、彼への評価は往々にして可愛いの域を出ない。これが血統書付きの殺人鬼なんて悪い冗談みたいだ。愛すべき居候の頭を撫でる。 
「こんなアタマしといて何言ってんだか」
「俺は良いんだよ、なんっつーか、ヒシャカイテキな存在だから」
そんな風に言いきる人識が、けれどつい最近…具体的に言うなら高校生頃までは案外社会的な存在だったことを私は知っている。そして私が知っていることを人識は知らない。彼は私をこの数週間の内に彼の人生に現れた新キャラだと思い込んでいて、ヒロイン枠として扱っている。
「社会的な殺人鬼ってのも怖いね」
「こえーよなぁ、いない訳じゃねぇのが尚こえーわ」
全く怖くなさそうな人識のこえーを聞きながら、私は少しだけ過去を記憶の引き出しから取り出して愛でてみる。凄惨な事件の現場となったこともあり、世間からは一種のタブーのような扱いを受け、同窓会すらろくに開かれないような母校。私たちはそこの同期生だった。とはいえ、電脳世界で暗躍することのほうに重きを置いていた私は当時、ほぼほぼ不登校だったので、元々他人への関心が薄い人識が覚えていないのも無理からぬことであった。私としても本業柄、同級生の汀目くんよりは零崎の鬼子の人識くんの情報のほうが手元にあったくらいだ。とはいえ、面食いを自認する私のレーダーがこんな美形を放っておく筈もなく、再会した時にはすぐにピンときたのだが…。
「どうした?心ここにあらず?」
人識が不思議そうに私の顔の前でひらりひらりと手を翳している。流石は殺人鬼、他人の作る隙に病的なほど目敏い。彼にその気があれば、私は今日までで百回死んでもまだおつりがくるくらい死んでいただろう。
「普通に見蕩れてた、人識ってば今日も格好良いんだもん」
「よせやいハニー、お前も今日も可愛いぜ」
人識の手元のゲーム端末ではモンスターが彼の指示を待ちぼうけている。あなたは汀目俊希くんですね、なんて。人識に確認する気はなかった。それは殺し名のプレイヤーに対して、あまりにも失礼な行為だからだ。それと同時に、過去のことを探られるのは私にとってもあまり気持ちの良いことではない。私たちには過去なんて要らないし、今がハッピーならそれでいいのだ。最高にクールな生き方。浮かれ気分に水を差すように、来客を告げるチャイムが鳴った。
「京都県警かな?」
「そしたらいないって言っといて」
京都連続通り魔殺人事件の犯人とここぞとばかりに緊張感の無い会話をして玄関に向かう。そこに立っていたのは宅配業者の人でも、ましてや刑事さんでもなかった。
「やぁ、久しぶりだね」
長身でスキンヘッドの男を見て、私は反射的にドアを閉めようとしたが、相手がその長い脚を捩じ込んできたので叶わなかった。
「ど、どちらさまですか?」
私は心底困惑しきって憐れっぽい声を出した。その髪型で白スーツにサングラスなんて完全に堅気ではない。裏社会に片足を突っ込んだ覚えはあるが、はっきりとヤのつく職業の知人はいない筈である。相手は悪戯っぽく嗤ってサングラスを見せつけるように外した。思いの外中性的な、綺麗な顔立ち。私の記憶は漸く該当者を見つけ出したが、それは結果として彼を閉め出そうとする意思を強めただけだった。侵入している脚を、文字通り踏んだり蹴ったりする。
「イタ、イタタタ!変わってないな、君は!」
「寄るな喋るな触るな細菌野郎!その手を離して即刻出ていけ!」
ドアを掴む手を手近にあった原付の鍵でつつきながら拒絶の意を全力で示す。人識を呼ぶことも考えたが、これ以上話をややこしくする訳にはいかない。この中年男は害悪細菌。いわば私の過去の登場人物であり、その中でも最悪の部類だ。他人に迷惑をかけるのが好きな、嫌がらせ至上主義者となんて、積極的に関わりたい人間が、あの死線の蒼以外で存在するというならお逢いしたいものだ。
「酷いな、今日は愉快で愉快でおまけに愉快な同窓会の案内に来たんだぜ?」
ニヤリと、本当に愉快そうに、過去からの使者が私を嘲笑う。私を再びあの死線の寝室に誘おうとする。
「全員集合とはいかないだろうが、過半数は集まるんじゃないかな?…なんたって、彼女の思し召しだ」
うっとりと、三十路も半ばを超えようという男が生娘のように目を潤ませる。私の抵抗が弱まったのを察して、兎吊木はそのしなやかな腕を此方へ伸ばした。
「おっさん、俺の可愛い彼女に何してんの?」
人識が投げたプラスドライバーは、見事に玄関扉に刺さっていた。兎吊木が私を振りきって外に転がり出てドアを閉めるのがあと一瞬遅ければ、そこには中年男が磔られていたに違いない。
「まさか君が殺人鬼を飼ってるとはね…このマンションはペット禁止じゃなかったか?」
人識が殺し名の一員であることを即座に見抜いたらしい兎吊木が、扉越しに揶揄してくる。流石は腐っても裁く罪人。その洞察力は侮れない。
「ペットじゃないわ、恋人よ」
言い返しながら、鍵をかけて、チェーンをする。後で塩をまこう。
「ああいう変なのが来たときはすぐ呼べよな、なんかあってからじゃ遅いんだぞ?」
いつの間にか傍まで来ていた人識が、後ろから私に抱きついてきた。どうやら見当違いの嫉妬をしているようだと、拗ねた口調から察する。
「私と兎吊木は別に何も…」
「いいって、聞きたくねーよ」
そう言いながらも、人識は上手く体重をかけて、私の体を反転させると、廊下の壁に押し付けて、縫いとめるように口付けた。角度を変えながら何度も唇を貪って、どんどん激しさを増していく。
「俺のこと以外考えられなくしてやる…」
息を荒げた人識にそんなことを言われては、従うほかない。観念して目を閉じて、期待に身を震わせる。もう一度唇が落ちてくるのを待つ私を嘲笑うように、インターフォンが連打された。
「ヒューヒュー、お熱いねぇお二人さん」
言うまでもなく、兎吊木である。彼は未だに部屋の前にいて、おまけに聞き耳を立てていたらしい。悪趣味甚だしいが、奴が変態なことはかつてのチーム全員が知っている。人識の顔に青筋が浮かんでいく。
「あのおっさん、よっぽど殺して解して並べて揃えて晒されてぇみてーだなぁ…」
もうそうしてしまって欲しい。彼を愛玩する歩く逆鱗には悪いが。
「おやおや、今のはお気に召さなかったかな?…確かに今風ではなかったが。でも安心してくれ、俺は君たちをからかう言葉をあと百八は残している」
…いや、頼むからもう帰れ。


2018.03.15 セイさまへ
溺愛は上手く表現できませんでしたが、久しぶりに戯れ言シリーズで書けて楽しかったです。