※流星街にいた頃
最奥にある黒い革張りのソファーの左端で、クロロはいつものように本を読んでいる。私なら表紙を眺めているだけで顔を顰めたくなるような分厚く難解そうなその本は、クロロが何処かから拾ってきたものだし、ソファーにしたって捨てられていたものだ。誰からも必要とされない私たちの暮らしは、そんな風に誰かの不要になったもので成り立っている。 「ねぇ、」 「ん?」 声をかけたら、返事をしたので、クロロがあまり集中していなかったことが分かった。夢中になっている時の彼の耳にはどんな物音も入らない。そんなマイペースなクロロだが、不思議と誰からも好かれる性質で、何かと輪の中心にいる。今日のように二人きりになるのは、とても珍しいことだ。 「顔、赤いよ」 事実を指摘しただけなのに、相手がイケメンであるというだけで、まるで私が自惚れの強い勘違い女みたいだ。腑に落ちない。 「そうかな?」 クロロはちょっと笑った。 「そうだよ、大丈夫?」 よく見れば形の良い目も潤んでいる。 「心配はいらない。体温調節中枢が何らかの原因で異常を起こし、体温が一時的に高くなっているだけだ。頭痛と吐き気はあるが、それ以外は平時と何も変わらない」 「うん、ヤバそうだね」 典型的な体調不良である。常識的に考えれば医者を呼ぶべきだが、そんな利用価値の高い人物が捨てられていることは稀なので、残念ながら生活雑貨のようにホイホイ拾ってくることは出来ないのだった。 「横になりなよ」 「…そうだな」 クロロは大人しく私のすすめに従ったが、読みかけた本は置かなかったので、怠惰なだけにも見えた。 「寝なよ」 ちゃんと体を休めなさい、という意味で言ったのだ。誓って下心はない。わかっている癖にクロロはニヤリとした。 「へぇ、大胆だな」 やっと本を床に置いたと思ったら、こちらに向かって軽く腕を広げて見せる。シャツの胸元が肌蹴ているのが目の毒だ。 「…今なら勝てるかも」 半眼になって言ってやる。半ば本気だ。ついでに手刀で無理矢理寝かせてしまおうとしたのだが、振り下ろした手はクロロに止められてしまった。病人とは思えない瞬発力。流石である。 「勘弁してくれよ」 苦笑しながら私の手首を掴む彼の手が熱い。 「クロロも人間だったんだねぇ」 「発熱してる時点で気付いて欲しかったな」
2018.02.06 糖分さまへ 額面通りクロロが発熱しているだけの話になってしまってスミマセン
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