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私の上から引っぺがされた京介の痩躯は宙を舞い、派手な音を立ててテーブルに突っ込んだ。机上に置きっぱなしにしてあったカードが花吹雪のように舞う。京介をぶん殴った体勢のまま肩をいからせて立っている遊星の足元に、折れたテーブルの脚が転がってきた。壊れる原因を作ったのは彼だが、直すのもまた彼であるからして、誰も遊星を咎めたりはしないだろう。ソファーに背中を預けたまま見守っていた私の方を、遊星が怖い顔で振り返る。
「どういうことだ?」
私は本能的に顔を両手で覆って、わっ…と憐れっぽい声をあげた。指の間から成りゆきが窺えるように、小さく隙間を作ることは忘れない。
「きょーちゃんが嫌がる私を無理矢理っ…!」
遊星がキッと、ガードの散らばる床に這いつくばったままの京介の方を睨む。しめしめ…。
「てめぇ、裏切りやがったな!遊星、こんな性悪女とっとと別れちまえ!」
ガバリと鼻血を滴らせながら顔をあげた京介の片頬は腫れ上がっていて、いつもの色男っぽさは微塵もない。おかげで、彼を売ることに罪悪感を覚えずに済んだ。京介のよく動く口は汚く私を罵り続け、雑言が阿婆擦れに差し掛かるにあたり、堪忍袋の緒が切れたとばかりに遊星が、拳を振り上げて飛び掛かっていった。
「撤回しろ、鬼柳!」
「嫌なこった!何度だって言ってやんよ!お前の恋人はクソビッチだってなァ!」
二人が取っ組み合いながら散らかった床を転がりまわるので、私はソファーの上で膝を抱えて、できるだけ小さくなって身を守る必要があった。何かが派手に割れる音がする。
「騒々しいぞ貴様ら!」
扉を足で蹴破って、ジャックが怒鳴り込んできた。少なくとも日はまだ沈んでいない。どんちゃん騒ぎをやらかして叱られるような時間帯ではないと思うが、昼寝でもしていたのか、ジャックはすこぶる機嫌が悪そう…否、暴れたくてうずうずしているようだった。ジャックは無関係ながら嬉々として参戦すると、その恵まれた体格を活かして易々と優位に立った。
「フン、こんなものか…腹ごなしにもならんな」
「邪魔をするな、ジャック」
「おーおー…言ってくれるじゃねーの」
ジャックという強敵の出現を前に一時的に共闘の姿勢を見せる遊星と京介。私の気持ちはこの混乱の発生から凡そ十分後に帰宅したクロウが見事に代弁してくれた。
「お前ら何やってんの?」

こんな端から見れば乱闘としか呼びようのないじゃれあいも、もう何度目になるかわからない。私の浮気は常習で、クロウに言わせりゃ悪質だ。それでも遊星が私を見棄てないのは、愛情以前に彼がとても優しいからだろう。一度庇護下に置いたものは、最後まで面倒を見ないと気が済まないような、どこか頑固な責任感がある。寡黙で取っ付きにくそうだが、その懐は海よりも深いのだ。口下手だが、仲間思いで、情に厚い。だから目をつけられるのだ。私や京介、果てはジャックみたいなのに。
「ああいうのはもうやめてくれ」
私の髪を撫でながら囁く遊星の声は底抜けに優しくて、彼が私の嘘に騙されていた訳ではないのだという自明の事実を更に煌々と照らし出す。
「うんうん、ごめんね遊星」
口先だけで謝りながら、指先で遊星の体のあちこちに出来た殴打の痕を辿っていく。青紫に変色したあたりを強く押すと、遊星がその端整な顔を歪めるのがとても楽しい。調子に乗って繰り返していたら、指先を絡めとられて動きを封じられてしまった。
「さみしい思いをさせてしまったのなら、謝る」
冗談なんかではない。こちらを覗き込む遊星は大真面目だ。彼の用いる誠実さは、美徳であろう。ここがサテライトでなければ。
「仕方ないから、許してあげる」
悪戯っぽく嘯いて、今度は遊星の首に縋って、甘える。数時間前に、京介に対してそうしたように。まったくお笑い草だ。断罪されるべき私が、無罪の彼の何を許すというのか。
「…よかった」
傷だらけの遊星が、安堵したように呟いた。私の背中に逞しい腕が回される。そろそろ、彼は気付くべきだ。この優しさが他人を駄目にすることに。


2017.01.29 ニコさまへ
…優しさとは?