私はRc検査ゲートの普及を目的として働いている。CCGには色々な事業分野があるが、その中でも日の目を見ることの少ない部署だ。主な業務内容は営業活動。希望があれば個人でも法人でも設置することが可能だが、値が張るので、あまり浸透していない。理想としては東京メトロの各停車駅の改札のすべてに設置することだが、現段階ではそれは難しそうだ。 「浮かない顔だね」 局舎のロビーで珈琲を飲んでいたら、有馬さんとばったり会った。喰種討伐の第一人者として、誰からも一目置かれる彼だが、実は気さくで良い人だ。その証拠に、勇気を出して話しかけたら、業態の違う私のことも覚えてくれた。今ではこうして向こうから話しかけてくれる。 「今日、営業先で会ったヤツ全員喰種に襲われてしまえと思ってますよ、有馬特等こんにちは」 冗談めかしてはいるが、結構本気である。奴らは捕食される恐怖を身を持って知るべきだ。 「ははは、相変わらず過激だな」 検査ゲートの取り付けに世間が積極的にならないのは、あれが喰種を炙り出すだけの道具だからだろう。極端なことを言えば、営利目的の企業にとっては金銭さえ払って貰えれば喰種だって立派なお客様である。何かしらの問題が発生しない限り、駅のホームで擦れ違っただけの相手が喰種かどうかなんて誰も関心が無いので、需要が薄いのだ。防犯ならカメラを設置した方が、人間も喰種もまとめて見張れて都合がいい。いざ喰種を発見しても、どちらにせよCCG局員の到着を待たなければならないし。 「有馬さんは機嫌が良さそうですね」 表情がいつもより柔らかい気がした。いくら有馬さんがポーカーフェイスでも、自他共に認める白い死神のファンである私の目は誤魔化せない。 「そうかな?」 有馬さんは首を傾げた。立ち話もなんだと思ったのか、私の横に座る。 「そうですよ、佐々木さんにでも会えました?」 彼が特に目に掛けている部下の名前を挙げてみる。同僚からはストーカーと揶揄されることもあるほど、私は憧れの有馬さんの動向や対人関係に目を光らせているのだ。 「いや、琲世の姿は見てないよ」 事も無げに言う。素っ気なく並んだ備え付けの椅子同士の距離が近いため、殆ど肩が触れそうだ。意識してしまうと急に恥ずかしくなる。平常心を保つために空の紙コップを握りつぶした。 「じゃあ、何か他に良いことでも?」 佐々木さん関係しか思いつかないのだから、私の持つ有馬さん情報のなんと貧相なことだろう。内心で嘆く私を、有馬さんはジッと見詰めた。 「うーん…強いて言うなら今ここで君に会えたことかな」 「はい?」 「今日は他に特筆するようなことは何もなかったし」 有馬さんは真顔だ。どうやら冗談を言っている訳ではないらしい。これが俗に言う天然タラシというやつだろうか。天然だという噂は聞いていたが、まさかこっちのほうだったとは。 「そっちはどう?」 有馬さんが問い返してくる。応えなければ。 「わ、私も有馬さんに会えて嬉しいです!幸せすぎて営業先で遭った嫌なこと全部忘れました!」 心臓の音が五月蝿い。これでは有馬さんにも聞こえているんじゃないだろうか。 「…うん、そっか」 赤面する私とは対照的に、有馬さんは涼しい表情を保ったまま相槌を打った。 「忘れたなら仕方ないな」 どうやら仕事の調子を尋ねられていたらしい。
2016.08.08 旭さまへ ツメが“甘い”話ってことでここは一つ…
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