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※転生ネタ

改めて見ると、好きな人にはたまらない顔かもしれない、と思う。見本にしたいくらいの爬虫類顔なのだが、極端な下がり眉と垂れ目のお陰で印象深い顔に仕上がっている。造り自体は端整なのに、綺麗というよりは不気味な印象を他人に与えるのは、いかにも暗そうな雰囲気のせいだろう。酷い猫背も、それに一役買っている。
「さっきから何なんですかぁ?そんなに見られてると穴があきそうなんですけどォ〜」
私の視線を払うように緩慢に首を振りながら、後藤がこちらを横目で睨む。毎日机を並べて授業を受けているにも関わらず、彼の学ラン姿には未だに慣れない。似合わないのは勿論のこと、それ以上に意味もなく笑えてしまう。流石に失礼にあたるだろうと、ぐっと堪えて今に至る。そして、おそらく後藤には私の考えていることなんてお見通しなのだ。だから不機嫌そうに顔を顰めてみせる。
「世界史のノート貸してよ」
黒板の真ん中に大きく書かれた自習の二文字。教師の不在。それだけではしゃぎだすクラスもあるだろうに、特進科と銘打たれているだけあって、この教室では大半の生徒が座学に徹していた。静かに…という訳にはいかないのが、この年頃の醍醐味だろう。
「はぁ?なんでお前にそんなもん貸さなきゃいけないんですかぁ?」
憎たらしい口調でそう言いながらも、後藤は机のなかを探り始めた。最近では、私は彼のことを年季の入ったツンデレだと思うようにしている。そうすれば腹も立たない。
「あんたのノート見易いんだもん」
後藤は顔に似合わない小さくて几帳面な字で、とても丁寧にノートを作る。先生の何気無い呟きなんかも、きちんとメモしてある。後々、そこがテストに出ることも少なくないので、私は高校入学以来、テスト勉強には後藤のノートを活用すると心に決めているのだった。
「あっそ」
素っ気なく相槌を打って、後藤はノートを放って寄越した。表紙に書かれた世界史の文字は綺麗だが、やはり小さい。
「昔から、マメだよね」
受け取ったノートを捲りながら、感想を述べる。黒以外の色は殆ど使われていないが、蛍光色が乱舞する私のノートよりはるかにわかりやすい。
「いいから、早く返せよぉ…」
何気無い風を装いながらも、「昔から」という言い回しに後藤が動揺しているのがわかった。
「1600年、東インド会社設立…」
そのとなりに更に極小の文字で、関ヶ原の戦いの頃、とある。教師のこぼれ話を律儀に控えたのだろう。懐かしさのあまり目を細めた。人に話せば笑われるのは目に見えているので、誰にも打ち明けたことはないが、丁度この合戦があった頃、私は後藤又兵衛という浪人の妻だった。前世の記憶というやつである。

此方が覚えているのだから、向こうも覚えているだろうという、密かな確信がある。横暴と呼んでくれるな、これは信頼だ。裏付けならある。先々月、新入生同士の親睦を深める名目で集団宿泊研修が開かれた。二日目の朝、食事と称して配布されたのはたったのおむすび一つであった。食べ盛りの級友たちからは不満の声があがったが、これこそが結束を促すための策だったのかもしれない。なんて。前置きが長くなった。普段から朝食を摂らない派の私には、量などさして問題じゃない。問題があったとすれば、係会が長引いて、自分の分のおむすびを選ぶことを付き合いの浅い班員に任せるはめになったことだ。しかも私が合流した際には、彼女たちは食べ終わっていた。まぁ、いいだろう。申し訳なく思っているふりなんて必要ない。遅くなったのは私なのだから。むしろ、私の分をとっておいてくれたことに関しては感謝の一念だ。事実、私は礼を言った。顔はひきつっていたかもしれない。嗚呼、パッケージに梅とさえ書かれていなければ…!
「交換してあげましょうかぁ?」
その時はじめて、後藤は私に話しかけてきた。前世の妻です、なんて宣言したところで引かれるのは目に見えていたので、それまで彼に極力関わらないようにしていた私である。それなりに吃驚した。しかし、それ以上に班員たちが驚いていた。同級生から近寄りがたいと後ろ指を指されている後藤は、自分から女子に話しかけるようなタイプではないので。
「梅干嫌いだろぉ〜?どーせ食べられないんでしょ〜?」
まったくその通りだったので、私は素直に梅干しおむすびを差し出した。後藤が摘まんでいるパッケージには鮭と書いてあったので、躊躇う理由はなかった。好物だ。こうして、私はとても安直に後藤も前世のことを覚えているのだという確証を得た。梅干が嫌いなことも、鮭が好きなことも、高校に入学してから誰にも話していなかったのである。

では、その肝心の記憶の部分であるが、一言で片付けてしまえば、普通である。私たちは意外なほど、あの時代にありかちな夫婦だった。奇行ばかりが目立つ後藤が相手だったことを考えると、それ自体が異常かもしれない。仲は良かったように思う。合戦だ、復讐だ、と。後藤は何かと理由をつけて家を空けがちだったが、長く留守にしたときには必ず土産を持って帰ってきた。櫛や簪といった、いかにも女人が喜びそうなものから、訪れた地域の特産物まで。妻の機嫌をとりたかったというよりは、マメな性質だったのだろう。それもあって、私は後藤の帰宅が何よりも楽しみだった。
「…なんか、懐かしくない?並んで座ってるの」
祝言を仄めかしたつもりだったのに、後藤には伝わらなかったらしい。怪訝な顔をされてしまった。彼の手元に広げられている見慣れないプリントは塾のほうの宿題だろう。
「ちょっと何言ってるかわかんないですけどォ…」
淡々と言いながら、シャーペンをカラカラ振る。つれなさも極まった態度だが、私は彼をツンデレだと思っているので気に障るようなことはない。
「お前が又兵衛様の隣にいるのなんか当たり前じゃないですかぁ〜」




2016.03.04 雷さまへ