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※3


領主が気に入った侍女に手を付けること自体は珍しい話ではないが、それが元就様となると、彼の為人を知る者は皆驚くのではないだろうか。当事者である私ですら吃驚し過ぎて厭とも好いとも意思表示できぬ内に、あれよあれよと事が進んで、気が付いた時にはあられもない姿で、脱ぎ散らかされた着物の上に転がっていた。これでは悪い夢のようである。
「下女になど手をつけずとも、引く手数多でしょうに…」
思わず怨み言が漏れた。元就様は、流石にこちらはきちんと乱れた着衣を治して壁に凭れて座っていたが、私が喋ったので漸くその存在を思い出したのだというように視線だけ寄越して、面倒臭そうに言った。
「阿呆め…。何処の馬の骨とも知らぬ女より、家人のほうがいくらかマシだ」
どうやら、御家絶対主義の元就様の頭の中では、使用人と言えども毛利家の一部に含まれるらしい。光栄なことだ。嬲りものにされるのは、いただけないけれども。

要するに虫除けといったところだろうか。自分の立ち位置を数年駆けてゆっくりと理解する。男女問わず元就様に取り入ろうとする人間は多いが、捨駒として使い難い他家の女については、積極的に傍に置きたくない、というのが本音らしかった。逆に利用価値があると判断すれば、どんどん城に入れたので、主人の訪れは少ないながらも、毛利家奥御殿は常に盛況である。御手付きになってからも、私はそこで侍女として働き続けて、少しだけ責任のある立場になったり、女たちから奇異の目で見られたりしていた。家人のほうがマシと言っていた癖に、他の女中を元就様が閨に招いたという話は聞かない。だから誰もが私を特別視した。皮肉なことに、元就様以外の。
「綺麗な着物で日がな一日座敷で着飾って過ごしたい!」
「したいなら勝手にそのようにするがいい」
「でもそんなことしてたら仕事がたまるばかり!そもそも座敷でジッとしてるだけとか考えただけで罰則みたい!」
「わかっているなら言うな」
気持ちを通わせた覚えはなくとも、肌を合わせている内に、心持ち気安くはなったようだ。元就様は私の頬を軽くつねって、形を変えて戯れ始めた。そうされると此方からは表情らしい表情の無い、元就様の端正な顔立ちがよく見える。血の通わなそうな白い頬に、行為の最中だけ僅かに朱がのぼることを知っていることの微かな優越。
「綺麗な顔…」
私の称賛にも、元就様は眉ひとつ動かさない。殿方は綺麗だ等と言われても嬉しくないのか。言われ飽いているのか。
「奥では皆が口を揃えて、武将にしておくには惜しい色男と言いますよ」
外側がどんなに美しかろうが、中身は戦国武将の一見本のような人だから、ちょっとした皮肉も含まれているだろうけど。他国から差し出された娘たちの中には、本気で元就様に懸想しているらしい素振りを見せる者もいたが、元就様は煩わしいという理由で、そういった者からまず遠ざけた。当然、下賤の身で傍に侍る私は大層妬まれることになったが、仕事柄上流階級の皆様の勝手には慣れっこなので、今のところ実害は薄い。それよりも、恋だの何だのを抱ける、その心根が羨ましい。私は我が身を僥倖だと思っているし、元就様のことだって嫌いじゃないけれども、間違っても色恋の相手ではなかった。もしそうなら、もっと嬉しくなったり辛くなったりして忙しかっただろう。そして私がそんな風に感情に流されて溺れるような女なら、元就様は手を出さなかったに違いない。


関ヶ原での大敗に伴う大幅な減封処分。しかし、西軍総大将として元就様が姦計の限りを尽くしていたことを考えれば、手ぬるいくらいかもしれない。何はともあれ、毛利家は残った。今はもう帰らぬ人があれだけ守りたがっていた、彼が唯一心を砕いていた砦である。
とはいえ、石高が減る以上、食い扶持は減らさなければならない。使用人の殆んどは暇を出された。そうなると、私の立場はとても微妙だった。妻の一人として名を連ねた覚えはないが、私と元就様に関係があったことは皆が知っている。その内に、毛利家と所縁ある寺から、こちらに移らないかと誘われた。要するに、尼になって元就様の喪に服せというのである。元就様が私に課した家人という役割は、ここでも尾を引くらしい。観念して、寺に入った。着飾りはしないが、日がな一日座敷で過ごす安寧の余生。元の出自を思えば、大出世と言えるだろう。此処では誰もが私を故人の妾として扱った。
「何でも、殿様から自分に何かあった暁には貴女のことを頼むと、生前から十分過ぎる程の心付けがあったとか…」
「まぁ!愛されてたのね!羨ましい!」
口さがない尼僧たちの噂話。私が否定も肯定もしないせいで、世紀の大恋愛のように脚色されていく私の身の上話に、あの詭計智将の面影はない。あれでなかなか信心深い人だったから、布施の類いを余分に渡していた可能性はあれど、それが私の為だというのは考え難い。けれど、自らの恵まれた現状を省みれば元就様から口添えがあったと考えるのが妥当である。真相はすでに闇の中。死んだからといって、手の内を晒すような御仁でもあるまい。
「生きている内に恋文の一つでも寄越してくれればなぁ…」
そしたらきっと、私だって多少は恋だの何だのと浮かれることが出来ただろうに。



2018.03.13 瞳さまへ
テーマ「毛利と身分違い」